押さえなかった一分間
魔法学院の講堂で、生徒が突然倒れて全身を震わせた。
教師たちは四肢を押さえ、口へ木匙を噛ませようとした。警備見習いのヨルクは、真っ先に匙を奪った。
「押さえないでください。机だけ離す」
「舌を噛むぞ!」
「口には何も入れません」
ヨルクは倒れた生徒の周りから椅子と燭台を蹴り出し、畳んだ上着だけを頭の下へ滑らせた。腕をつかまず、脚にも乗らない。胸元の砂時計を返し、震えが始まってからの時間を数える。
二十秒。生徒の踵が床を打つ。
四十秒。教師の一人がまた腕を押さえようとする。
六十三秒で、震えが止まった。
生徒の肩は外れていない。歯も折れていない。口の中に木片もない。呼吸を確かめたところで、学院治療師が駆け込んできた。
ヨルクが「一分三秒、転倒時に頭部打撲なし」と伝えると、治療師の処置はすぐ始まった。
去年、同じ発作を起こした生徒は、教師四人に押さえられて肩を脱臼し、木匙で前歯を二本欠いた。今回は発作そのもの以外の負傷が、零だった。
目を覚ました生徒は、震えたことより周囲の静けさに驚いた。
「誰も、私を縛らなかったの?」
ヨルクが頷くと、生徒は泣かずに座り直した。
講堂の床には倒れた椅子が二脚だけで、割れた歯も脱臼も切り傷もなかった。ヨルクが測った一分三秒は、治療師が薬を選ぶ手掛かりにもなった。教師が「何もしなかっただけだ」と吐き捨てると、治療師は前年の治療費帳を開く。発作そのものの処置より、押さえつけて生じた肩と歯の治療費のほうが四倍多かった。傷を増やさないことが、最初の補助だった。
目覚めた生徒は翌日、自分と同じ発作を持つ後輩へ規則の紙を渡した。「怖いのは発作より、周りに壊されることだった」と話す声を、学院長も聞いていた。
学院長は教師たちの前で、古い『発作者は押さえ込め』の規則を破った。新しい一行を書き、講堂の扉へ貼る。
《周囲を空け、時間を測り、身体を押さえない》
その下の責任者欄に、警備見習いヨルクの名が入った。
昇格先は『学院救護訓練官』。教師全員が、翌朝の講習へ出席することになった。