招待枠の席
片瀬喜久恵は、悠里の学歴をことあるごとに笑った。
「聞いたこともない海外の大学でしょう? 蒼太は名門・東央大学なのに、話が合うのかしら」
悠里は訂正しなかった。大学名を日本語に直すと長くなるし、そもそも学歴を競う気がなかった。研究者だった祖母の遺志で留学し、卒業後は天城財団の奨学制度を匿名で整えてきた。喜久恵が『暇な嫁の趣味』と呼んだ在宅作業は、世界十七か国の研究助成を審査する仕事だった。
東央大学の創立記念晩餐会の日、喜久恵は息子の卒業生枠で出席すると張り切った。悠里には古いドレスを渡し、「家族写真のときだけ後ろに立って」と命じた。蒼太が新しい服を買おうとすると、喜久恵は『嫁を目立たせる会ではない』と止めた。悠里は笑って断り、母から譲られた簡素な黒いドレスを選んだ。
会場受付で、係員が招待状を読み込む。
「片瀬様三名、天城財団ご招待席で承っております」
喜久恵は胸を張った。
「息子が優秀だから特別席なのね」
係員は困った顔で悠里を見た。
「いいえ、悠里様のご家族枠です」
大ホールに入ると、学長と理事たちが一斉に近づいてきた。
「天城悠里様、ようこそお戻りくださいました。新研究棟の寄付契約、心より御礼申し上げます」
喜久恵は目を見開いた。
天城財団は世界各地の大学、研究所、奨学金制度を支える巨大公益財団だった。資産の基盤は、天城家が所有する通信、半導体、宇宙関連企業である。東央大学の図書館、国際寮、喜久恵が写真を撮った記念庭園も、すべて天城家の寄付で造られていた。
蒼太が母へ静かに言った。
「悠里の大学は、世界ランキングで東央よりずっと上だよ。天城家はそこにも研究棟を寄付している」
喜久恵は慌てて悠里のドレスを褒め始めた。
壇上から学長が告げる。
「本日は、天城家のご支援により設立される新学部を発表します。初代理事には、天城悠里様をお迎えします」
係員が席札を並べ直した。中央の金色の席に『天城悠里』、その後ろの一般招待席に『片瀬喜久恵』。
喜久恵が抗議しようとすると、係員は招待状の注記を指した。
「片瀬家のお席は、悠里様の同伴者枠です。ご本人の承認がなければ入場できません」
悠里が中央席へ着くと、会場中の理事が立ち上がった。