推しの正しい支え方

柚葉は小さなライブハウスで歌う。私は、彼女を正しく支える役目を引き受けた。

匿名の運営アカウント「正しい支え方」で、ファンの質問に答え、失礼な人をブロックし、贈り物を検品する。柚葉は繊細だから、直接メッセージを読ませない。家族からの連絡も、活動の妨げになるときは私が止めた。

ファンには、出待ち禁止、個人的な質問禁止、私を通さない応援禁止と告知した。柚葉が自分で返信した形跡を見つけた夜は、パスワードを変えた。翌朝、彼女は「勝手にしないで」と怒ったが、人気が落ちればもっと傷つく。

ライブ中、柚葉の片耳には私の指示が流れるイヤホンを入れた。曲順、話す内容、笑うタイミング。彼女は「自分で決めたい」と言ったが、失敗して傷つくのは本人だ。

ある日、「歌わせて」という匿名アカウントが現れた。

〈本人の言葉を本人に返してください〉

〈贈り物は彼女へ渡っていますか〉

〈支えることと、所有することは違います〉

私は即座にブロックした。柚葉に見せる必要はない。ところが同じ文章が別名義で何度も届き、最後には〈本人が助けを求めています〉と楽屋の写真まで添えられた。写っている柚葉の手には、私が預かっているはずの古いスマホがあった。

ところが翌日のリハーサルで、彼女はイヤホンを外した。

「今日は自分で話す」

「炎上したらどうするの」

「それも私の失敗だから」

私は説得し、楽屋の鍵を預かり、スマホを鞄にしまった。柚葉が扉へ手を伸ばしたので、「今出たら全部台無し」と前に立った。守るためなら、嫌われる覚悟も必要だった。ステージに立てば、いつもの柚葉に戻ると思った。

開演直後、会場の客が一斉に端末を見た。「歌わせて」からライブ配信が始まっていた。画面には、舞台袖で私が柚葉の腕をつかみ、台詞を言い直させる過去の映像が流れた。

柚葉は中央でマイクを握った。

「このアカウントは、私が作りました」

私は配信を止めようと管理画面を開いた。けれどパスワードは変わっていた。客席から拍手が起きる。

柚葉は一度も私を見ず、予定になかった歌を始めた。

ブロックしたはずの「歌わせて」から、柚葉の声だけが流れ続けた。