日没前の最後の受付
「本日の受付は日没までです」
西境の冒険者ギルドは、城壁より先に敵を知る場所だった。
受付係サーデは、砂まみれの偵察報告を読み、破れた地図を継ぎ、帰らない者の名へ小さな印をつける。期限切れの水筒を交換し、報酬の少ない斥候任務には自分の財布から銀貨を足す。若く見えるが、辺境の古老たちはなぜか彼女にだけ深く頭を下げた。
新任の斥候カイムは、その敬意を古い迷信だと思っていた。戦えない受付係へ礼をするくらいなら、城壁へ石を積むほうが役に立つとさえ考えていた。そんな彼が、魔族軍を見つけて一人で戻った。
肩に矢を受け、日没直前に受付へ転がり込む。
「将軍が……もう門前に」
言い終えるより早く、扉が内側へ吹き飛んだ。
黒甲冑の魔将バルザンが立っていた。城門も結界も突破し、斥候の影を踏んで転移してきたのだ。
「この地の要はギルドだ。創設者の血で、最初に潰す」
戦える者は全員城壁へ出ている。
カイムは床に伏したまま、サーデが受付札を裏返すのを見た。
《営業中》が《立入禁止》へ変わる。
その瞬間、魔将の足元から西境そのものが消えた。
彼だけが何もない白い空間へ落ちる。サーデは窓口を越えもせず、帳簿の最初の頁を開いた。
「この土地へ入る権利を、創設者権限で取り消します」
羽根ペンが一行を横切る。
魔将の甲冑、魔力、転移の痕が細い砂となり、白い空間から消えた。彼が勝利の証として集めていた千人分の武勲も主のもとへ戻る。遠くで魔族軍を束ねていた契約が切れ、城壁の外から混乱と退却の角笛が聞こえた。
帳簿の表紙には、建国より古い名が刻まれていた。
《西境ギルド創設者・境界剣サーデ》。
彼女は飛んだ扉を元の蝶番へ戻し、砂を小箒で掃く。カイムの肩から矢を抜き、傷口へ受付用の封蝋を一滴落とすと、痛みも血も止まった。
駆け戻った冒険者たちは、敵が理由もなく撤退したと歓声を上げる。誰も静かな受付係を見ない。
カイムだけが、彼女の影に一瞬、地平線を断つ巨大な剣を見た。
太陽はまだ、城壁の上に指一本ぶん残っている。
サーデは報告書とペンを彼へ差し出した。
「本日の受付は日没までです」