昇任名簿の空欄

昇任名簿の十二番には、名前がなかった。

江波戸航太監察官は、人事課長の榊原克晴へ原本を差し出した。内部告発をした井加田皐月巡査部長が昇任試験に落ちた件を調べている。筆記は首位、面接も基準点を超えていた。それでも最終名簿から外され、代わりに十三番以下の候補者が繰り上がった。

「総合判断だ」

榊原は空欄を指で隠した。

「協調性に懸念があった」

皐月は半年前、上司による証拠写真の加工を申告した。監察は立証困難として閉じ、彼女には「組織適応上の問題」という評価が付いた。翌月、深夜勤務中に単独事故を起こし、今も休職している。

航太は名簿を裏返した。レーザープリンターの微細な黄色点が、印刷日時と機器番号を示している。正式版は人事課の端末ではなく、警務部長室のプリンターから出ていた。印刷時刻は面接委員会の前日。しかも空欄の直後に並ぶ合格者三人は、告発対象となった上司の元部下だった。偶然と呼ぶには、順番まで整いすぎている。面接官の採点用紙には、まだ会ってもいない皐月へ最低点が印刷済みだった。

「合否は、審査前に決まっていた」

「黄色点など捜査技術ではない。内部資料に使うな」

「空欄には誰がいたんです」

榊原は答えない。

航太は復元した仮名簿を置いた。十二番、井加田皐月。横に赤字で「告発者・不可」。修正者の識別番号は警務部長だった。

「これを報告すれば、過去五年の昇任を全部検証することになる」

榊原の声は懇願に近かった。

「人事への信頼が崩れる。君自身も、監察で何人落としたと思っている。正義を選別に使わない組織などない」

「選別したことではなく、隠したことを書きます」

「君の昇任も取り消されるぞ」

航太は胸の階級章に触れた。確かに、自分が合格した年にも空欄が一つあった。

彼は報告書の影響範囲を「本件のみ」から「過去五年の昇任審査」へ変更した。そして名簿の空欄へ、消された皐月の名を青いペンで書き戻す。

最後にその原本へ証拠番号を振り、封筒の封をした。