明日までのフルーツケーキ
鷹栖志津は、洋菓子店「月桂樹」でフルーツケーキの賞味期限を尋ねた。
干した果実と胡桃を詰めた焼き菓子なら長く持つと思っていた。けれど店主が示したラベルには「明日」とある。表面に生の洋梨を薄く並べて焼いた、この店だけの作り方らしい。
「冷凍すれば、もっと先でも」
志津が言うと、店主は首を傾けた。
「食感は変わります。期限を書き替えることはできません」
店主は日付印を取り出し、薄くなっていた数字の上から、今日と明日の二か所を押し直した。黒い数字がはっきりした。
志津の鞄には、女性外来の紹介状が入っている。将来子どもを望むか分からない。でも、持病の治療を始めれば妊娠の時期に影響する可能性があると医師から言われた。相談予約を取るだけなのに、「もう少し考えてから」と二か月延ばしていた。紹介状の封筒は、持ち歩くうち角が柔らかくなっている。決めていないことを理由に、知るための予約まで避けていた。封を切らない限り、急がなくてもよい自分でいられる気がした。
考える時間が必要なのではなく、知らないままでいられる時間を伸ばしたかったのだ。
会計後、店主はフルーツケーキを透明な袋へ入れ、期限ラベルが表から読める向きで折った。上に店のロゴを重ねることもしない。
「贈り物ではないので、簡単で」
「日付が見えるほうがよろしいですね」
志津は紙袋を受け取り、店内の隅にある電話台のような小机を借りた。病院の予約サイトを開く。空きは明日の午後三時。仕事の会議と重なるが、欠席できない会議ではなかった。
予約理由の欄に「治療開始前の妊孕性相談」と入力する。言葉にすると大げさに見えたが、決めるのは子どもを持つかどうかではない。選択肢が何なのか、期限がいつなのかを知るだけだ。
予約を確定すると、確認メールに明日の日時が現れた。志津はケーキの黒い日付印と見比べた。
帰宅後、洋梨の端から一切れ食べる。明日までに全部食べる必要はない。明日、味が変わるかもしれないと知ったうえで、今日の一口を選べばよかった。