明日を売る車内広告

最終電車の中吊り広告には、明日の株価が印刷されていた。

 藤代圭吾が最初に見たのは、自分の勤める食品会社が翌朝暴落する記事だった。広告の隅には小さく、〈未来は、乗り換えられる〉。終点まで五分。圭吾は証券アプリで空売りを注文した。

 約定した瞬間、車内灯が消え、また発車時刻へ戻った。広告の株価だけが少し変わっている。

 二周目、金額を半分にした。暗転。

 三周目、別会社を買った。暗転。

 向かいの男は毎回、赤いネクタイを直して言った。

「儲かりましたか」

「一円も。時間が戻る」

「では、広告は正しい。あなたは未来を乗り換えていない」

 圭吾には三千万円の借金があった。父の工場を畳むために背負った金だ。今夜の情報を使えば返せる。だが注文するたび、利益が確定する直前に五分が戻る。

 四周目、圭吾は広告を剥がした。裏面に社内文書が印刷されていた。自社は異物混入を隠し、明朝の会見までに証拠を廃棄する。暴落はその内部告発が原因だった。告発者の欄には、藤代圭吾とある。

 赤いネクタイの男が笑う。

「空売りすれば、告発は利益目的と見なされる。告発しなければ、株価は下がらない。どちらを選んでも、広告と現実が食い違うから、列車はやり直す」

 成功条件は、広告どおりの未来を金銭的利益なしで成立させること。

 圭吾は証券口座を閉じようとした。だが残高の解約には翌営業日が必要だった。終点まで二分。

「未来は、乗り換えられる」

 広告の文句が、今度は脅しに見えた。

 圭吾は保有していた自社株を、車内から公益基金へ全額寄付した。退職金代わりに積み立てた唯一の資産だった。続けて異物混入の写真と廃棄指示を報道各社へ送る。借金は残り、担保の実家も失うだろう。

 送信と同時に、広告の見出しが確定した。

〈食品大手、内部告発で株価急落〉

 車内灯は消えない。赤いネクタイの男は、誰も座っていない席へ溶けるように消えた。

 終点で圭吾は証券アプリを開いた。予告どおりなら、彼が手放した株は朝に紙くず同然になる。だが寄付は取り消せない。告発者が利益を得なかった証拠だけが残る。

 ホームの広告は真っ白だった。

 圭吾は借金の督促通知を閉じ、始発を待たずに警察署まで歩いた。