昨日のパンを売る朝
茅野つむぎが働く孤児院では、毎朝、固くなったパンが籠一つ分捨てられていた。
捨てたくて捨てているのではない。寄付のパンは閉店後に届くため、翌朝には乾ききっている。煮れば形が崩れ、焼けばさらに硬い。院長は子どもたちへ柔らかい中央だけを分け、自分は耳を湯へ浸して飲み込んでいた。
寄付を減らした商会長は、その籠を指して言った。
「食べられない物まで数に入れるな。来月から小麦は半分だ」
院長は反論できない。昨日のパンは石のようで、子どもたちも歯を立てられなかった。
つむぎは捨てるはずの薄切りを、卵と山羊乳を混ぜた液へ沈めた。卵も乳も、朝食用に配られた分から少しずつ取っただけだ。新しい材料を買えば商会長は認めない。だから乾いたパンが吸い込む量を見ながら、一滴も余らせず籠全体へ行き渡らせた。
白かった液が見えなくなる頃、石のようだった一枚は指の跡がつくほど柔らかくなっていた。
「腐ったパンを隠すの?」
商会長の娘が笑う。つむぎは答えず、液を吸うまで待ち、鉄板で両面を焼いた。
使った知識は一つ。乾いたパンは水分を吸いやすい。卵と乳を含ませて焼けば、内側を柔らかく戻せる。
鉄板から、甘い乳の香りが立つ。焼き目は薄い琥珀色。つむぎが木匙で切ると、外側はかすかに鳴り、中から湯気がほどけた。
歯の抜けた幼い子が一口食べる。いつもは固い耳を残すのに、今日は皿を指でぬぐった。
「もう一枚」
商会長は黙って自分の分を取った。昨日のパンだと分かっているのに、押すとふわりと戻る。卵一個と乳一杯で、籠全部が朝食になった。
「売れるかもしれん」
つむぎは残りを小さく切り、紙へ包んだ。門前を通る職人へ試しに出すと、焼き上がり十二包みが五分でなくなった。銅貨を握った子どもが会計を担当し、空の籠へ初めて売上が落ちる。商会長の娘も、自分が笑ったパンを紙ごと抱えて食べた。
売れ残りだったはずの材料が、昼前には次の仕入れを求められていた。
商会長は小麦削減の通知を破り、算盤を弾いた。
「明日から、売れ残りのパンを全支店からここへ運ばせる。朝市用に二百包み頼む」
孤児院の帳簿で、初めて『寄付』の欄より上に『つむぎの焼きパン売上』の欄が作られた。