曲がった胡瓜
垣内理緒の畑では、胡瓜が曲がって育った。
亡父が残した種は、太さも色も揃わない。市場AIは一本ごとに形状を測り、基準から外れた作物を「食用信用なし」と判定した。廃棄すれば環境加点、無許可で売れば減点になる。
周囲の農家は、均一化された認証種へ切り替えていた。収穫時期も長さも同じで、機械が一度に刈り取れる。理緒にも切替通知が届いた。
《従わない場合、水利優先度を引き下げます》
都会で働く息子からは、畑を売れと言われた。
「曲がった胡瓜に、家族の人生まで曲げられたくない」
理緒自身も迷った。夫を早くに亡くし、借金を返し、ようやく点を七百まで戻したところだった。認証種にすれば融資も受けられる。
種を処分する前夜、父の作業日誌を開いた。味の記録より、天気と人の名前が多かった。《日照り。隣へ苗を分ける》《台風。南畑だけ生き残る》《理緒、初めて一本かじる。苦い顔》
翌朝、彼女は曲がった胡瓜を畑の前に並べた。価格端末を置かず、「好きなものと交換」と紙に書いた。
低信用区の住民が、卵、修理した鍋、古本を持ってきた。子どもは一番曲がった一本を「電話」と呼んで笑った。無許可取引として理緒の点は下がり、水の配給も減らされた。
畑は小さくなった。機械を売り、理緒は一本ずつ手で収穫した。以前より暮らしは苦しくなったが、捨てる胡瓜はなくなった。
秋、息子が帰ってきた。高信用企業を辞めたらしく、スーツの代わりに古い作業着を着ていた。
「畑を継ぐ気はない」と彼は言った。
「知ってる」
「でも、種まきだけ手伝う」
二人で土を掘った。息子は列をまっすぐにしようと糸を張り、理緒はそれを外した。
「少しくらい曲がっても育つよ」
端末の点は低いままだった。けれど翌春、畑には同じ形の芽が一つもなく、その不揃いさが、理緒には家族が戻ってきた証拠に見えた。
採れない日は何も交換せず、息子と畦に座って雲を見た。以前なら、それも非生産時間として減点された。それで十分だった。