最後の一輪
美濃部理沙は、花嫁より先に花を決めるウェディングプランナーだった。
「白だけ。葉は見えないように。予算は半分で、写真では倍に見せて」
花店の羽鳥文乃が、季節外れの花は価格が上がると説明すると、理沙は見本帳を閉じた。見積書の数字を赤ペンで消し、相談もなく《特別値引き》と書き直す。
「工夫するのが店の仕事でしょう。うちは毎月何組も回してる。今回を逃したら、次はないわよ」
打ち合わせ席の端で、花嫁の姉が小さく口を開きかけた。理沙はその前に、ブーケの案を一本へ絞る。
「本人は迷うから、プロが決めるの」
花嫁の露木沙都は、少し遅れて店へ着いた。扉の風鈴が鳴ったが、理沙は背を向けていて気づかない。
文乃は、沙都が以前一人で来たときに話したことを覚えていた。亡くなった祖母が庭で育てていた青い小花を、一本だけブーケへ入れたい。目立たなくていい。入場するとき、自分だけが見つけられればいい、と。
「この青は外して。地味すぎる」
理沙は試作ブーケから、その花をつまんでごみ箱へ落とした。
「それから花嫁には、予算不足だと言っておいて。差額は演出管理費に回すから」
文乃は拾い上げた花の茎を、水を含ませた布で包んだ。
「差額の内訳を、ご本人へ説明していただけますか」
「客を誰だと思ってるの?」
「代金を支払う方は、露木様です」
「だから、露木さんには分からないように処理するの。余計な正義感で式を壊さないで」
「もう、よく分かりました」
背後から沙都の声がした。
理沙が振り返る。沙都は会話を最初から録音した画面を伏せた。怒鳴らなかった。文乃の手の中の青い花を見て、深く息を吸った。
「羽鳥さん、ブーケは最初に相談した案でお願いします。お花代も、こちらから直接お支払いします」
「でも会場との一括契約が――」
「いま解除しました」
沙都はスマートフォンを見せた。式場責任者と婚約者を宛先に入れたメールには、送信済みの印がついている。
件名は一行だった。
《担当プランナー変更の正式通知》