最後の上映、十二分前
ミニシアター最後の上映まで、あと十二分だった。
由良と智紀は、大学卒業後も月に二本、ここで映画を観た。恋人がいる時期も、仕事が忙しい時期も、二人の席はいつも最後列の端だった。
今夜で映画館は閉館する。ロビーには過去の半券が壁いっぱいに貼られ、客たちが名残惜しそうに写真を撮っていた。
「来週から、どうする?」
智紀が聞いた。
「配信で観ればいいじゃん」
「一緒に?」
「そういうのじゃないでしょ。私たち、映画友達」
五年前、卒業制作の打ち上げで、二人は一度だけ唇が触れそうになった。怖くなった由良は笑って言った。
――友達が恋人になる映画、いちばん嫌い。
智紀は「俺も」と答え、それから一度も境界を越えなかった。
あの言葉に守られてきたくせに、今さら撤回するのは卑怯に思えた。
「来月、紹介された人と会う」
智紀がチケットの角を折る。
「へえ。いいんじゃない」
「映画好きらしい」
「じゃあ、話合うね」
「由良は平気?」
「何が? そういうのじゃないし」
入場開始のベルが鳴った。係員が列をつくるよう促す。二人は最後尾に並んだが、智紀は動かなかった。
「五年前のこと、覚えてる?」
「映画の話?」
「違う」
「忘れた」
「俺は覚えてる。由良が嫌いだって言ったから、ずっと守った」
「ありがとう」
「感謝されたいわけじゃない」
前の客が次々と場内へ消える。あと八分。
由良は壁の半券を見た。智紀と観た四十七本の題名が、暗がりの中に散らばっている。好きだと認めた瞬間、それらが全部、伏線に変わってしまう気がした。
「今さら言ったら、都合よすぎる」
「何を?」
「守らせておいて、自分だけ変わったって」
「人が変わる映画も嫌い?」
「嫌いじゃない」
「じゃあ、結末まで観ないと」
係員が「まもなく始まります」と声をかけた。
由良はチケットを差し出しかけ、引っ込める。
「そういうのじゃないって、ずっと言ってた」
「うん」
「でも今は、そういうのにしたい」
智紀は答えず、二枚のチケットを係員へ渡した。
由良はいつもの端の席へ向かわず、中央の空席を指さした。二人の間に荷物を置けない、肘掛けが一つしかない席だった。
最後の上映が始まる直前、由良は翌月の予定表から一人分の映画予約を消し、二席並びで取り直した。