最後の鎧札
百目城の武具蔵に残った鎧札は、一枚だけだった。
黒漆に金の鋲。敵の精鋭・金烏衆の胴から、鍛冶頭の桑名鹿蔵が昼の戦で剥いだものだ。味方の鎧は割れ、革紐も尽きている。城兵は藁を胸へ巻いていた。槌を握れる者も鹿蔵を含めて十二人だけだった。鋼より先に、人の方が尽きていた。朝の総攻めで百目城が落ちることは、鍛冶場の子どもでも知っていた。
夜半、敵の使番が降伏を勧めに来た。
「夜明けに門を開けば、武具を捨てた者は助ける。拒めば皆殺しだ」
鹿蔵は城主の代わりに、最後の鎧札を卓へ置いた。
「門を開ける前に、そちらの陣を片づけろ」
「負け犬が場所を選ぶか」
「城の下へ掘った道から、今夜もう一度出る。金烏衆の首を増やされたくなければ、崖側へ兵を回せ」
嘘だった。百目城に抜け道はない。あるのは崖を削った細い避難路で、武装した兵は一列にしか通れない。
使番は鎧札を手に取り、金の鋲を爪で弾いた。
「昼に拾っただけだ」
「拾うには、胴へ近づく必要がある」
「死体なら近づける」
鹿蔵は火箸を取り、鎧札の裏を炙った。漆の下から赤い線が浮いた。金烏衆だけが使う防錆油が熱で滲んだものだ。まだ新しい。
「死んで半日ならな」
使番の視線が止まる。金烏衆は本陣の奥に置かれ、昼の攻城には出ていないはずだった。実際は、偵察に来た一人が崖で足を滑らせ、鹿蔵に見つかっただけだ。だが敵は、城兵が地下道から本陣へ入った可能性を捨てきれない。
「道の口はどこだ」
「知りたければ、兵を分けろ」
鹿蔵は一枚を奪い返した。相手の恐怖を増やすのに、説明は少ない方がいい。
使番が帰ると、敵陣の松明が動き始めた。三分の一が城の裏崖へ回る。避難路の出口からは遠い尾根だ。
城主が武具蔵へ来た。
「よく騙した」
「朝にはばれます」
「朝まで持たせる気か」
鹿蔵は鎧札を金床へ置き、槌で二つに割った。半分を城主へ、半分を自分の胸の藁へ差す。
「朝は、門の外で見ます」
敵兵が裏崖へ走る音を聞きながら、百目城の避難小門が開いた。