最後の餃子
片瀬野玲は、細いと言われるたびに一品多く頼む。
「ちゃんと食べてる?」と聞かれる前に大盛りを選び、宴会では最後まで箸を止めない。昔から体重が増えにくいだけだと説明しても、細い手首や浮いた鎖骨を見る目は変わらなかった。だから玲は、食べる量で弁明するようになった。
健康診断では問題なしと言われている。それでも会食のたび、玲の皿は公開された証拠品になった。少し残せば心配され、よく食べれば驚かれる。どちらにしても身体の話へ戻る。
月末の残業後、同僚三人と駅前の中華料理店へ入った。炒飯、麻婆豆腐、焼き餃子。玲は昼が遅かったので、最初の数口でもう満腹に近かった。
それでも追加注文の端末を取り、杏仁豆腐を押そうとする。向かいの人が玲の腕を見て何か言う前に、「まだ食べられる」を見せておきたかった。
画面の注文確定ボタンが光る。
テーブルには餃子が一つ残っていた。誰も手を伸ばさない。玲はそれを自分の皿へ移した。皮の端は冷え、油が白く固まり始めている。
腹はもう苦しかった。けれど残せば、やっぱり食べていないと思われる。玲は箸で持ち上げ、口元まで運んだ。
これまで何度も、この一口を飲み込んできた。帰宅して胃薬を飲み、翌朝の食欲がなくなり、また食べていないと思われる。その輪を切るのは、たった一個を皿へ戻すことだった。
そこで、制服のウエストに食い込む圧迫感に気づいた。人の想像を訂正するために、自分の満腹をなかったことにしている。
玲は餃子を皿へ戻した。追加注文の画面も閉じる。
「私はもう十分」
誰に向けるでもなく言い、温かい茶を飲んだ。説明は続けなかった。
数秒後、隣の同僚が「じゃあ、もらう」と最後の餃子を取った。玲の身体については何も言わず、酢を多めに入れすぎてむせた。テーブルに小さな笑いが起きる。
店を出ると、風が制服の襟から入った。鎖骨を隠すために締めていた一番上のボタンを、玲は一つ外した。
体重は変わらない。人の目も、明日にはまた同じかもしれない。
それでも今夜の満腹は、玲が決めてよかった。