最後まで使う一冊

雁金井伊都生のノートは、表紙が擦れて白くなっていた。

書き終えたページの余白へ細い字を足し、裏表を使う。宮坂実親は新品の高級ノートを毎週替えた。

「紙一枚も惜しいの? 勉強以前に生活が大変そう」

伊都生は返事をせず、使い切ったページの枚数を記録した。

学校の環境週間で、製紙会社による講演が行われた。実親の父は印刷会社を経営しており、取引先との顔を利かせて、自分が代表質問をすると決めていた。

壇上に立った製紙会社の社長は、伊都生を隣へ呼んだ。

雁金井家は、国内外に森林と製紙工場を持つ企業グループの創業家だった。伊都生の父が社長、祖母が山林財団の理事長。家族は紙を売る会社だからこそ、無駄に使わないことを徹底していた。邸宅の便箋も包装紙の裏を使い、役員会の資料は一枚でも減らせるよう両面印刷が決まりだった。家が所有する山では、切った本数以上の苗木を植え、育つまでの百年分の管理費も先に積み立てていた。

伊都生の古いノートは、再生紙の繊維が何回の使用に耐えるかを記録する試作品だった。彼が余白まで使ったデータから、従来より半分の原料で作れる新しい学習帳が完成していた。

社長が数字を示す。

「全国の学校へ導入すれば、年間十万本の木を守れます。特許考案者は雁金井伊都生です」

実親は新品ノートを持ち上げた。

「でも、紙はたくさん売れたほうが会社は儲かるだろ」

伊都生は答えた。

「森がなくなったら、会社もなくなる」

そのとき実親の父へ、取引監査の結果が渡された。印刷会社が環境認証マークを無断使用し、雁金井製紙の名を広告へ載せていたことが判明したのだ。契約は即時停止となった。

実親は声を失う。

一方、校長は新学習帳の全国モデル校契約へ署名した。売上の一部は、学校林の整備と図書館の書籍購入へ回される。

伊都生はノートの最後の余白へ、導入決定の日付を書いた。

ページが本当に一行も残らなくなった瞬間、実親が貧しさと笑った一冊は、十万本の森と学校の未来を守り切った。