最終ページの著作権
「夢を世に出す契約だ。今押さなければ発売枠は消える」
大手出版社の制作部長が、金色のペンを企画書の上へ置いた。
ゲーム会社《ノクト》代表の藤堂壱星は、会議室の窓に映る自分を見た。二十九歳の顔。その内側に、四十歳まで敗北を引きずった記憶がある。
一度目の人生で、壱星は仲間が七年作ったゲームを世に出したくて契約した。発売は成功したが、追加費用の名目で売上をすべて相殺され、続編とキャラクターの権利まで出版社へ移った。最後は自社のゲームを作る権利すら買い戻せず、ノクトは破綻。制作部長は倒産後、同じ開発陣を安く雇い直した。
そして壱星は、金色のペンを握る瞬間へ戻った。
会議室の外には、徹夜明けの仲間が発売決定の知らせを待っていた。前回は彼らの期待に押されて署名した。けれど本当に守るべきなのは今日の歓声ではなく、明日も彼らが自分の作品を作れる権利だ。
制作部長が前回と同じ笑みを浮かべる。
「さあ。夢を世に出そう」
壱星は署名欄ではなく、企画書の最終ページを開いた。
「第十八条を読み上げてください」
「標準条項だ」
「契約終了時、当社が制作した一切の著作物と未公開素材を、対価なく御社へ譲渡する。倒産時だけじゃない。御社が販売を一日止めるだけでも終了扱いにできる」
隣にいた若い法務担当が青ざめる。制作部長は金色のペンを取り返そうとした。
壱星はペンを机の中央へ戻した。
「発売枠はいりません。権利を失うくらいなら、自分たちで配信する」
「無名の会社に宣伝などできない。三か月で資金が尽きるぞ」
「前は十一年かけて尽きた。今回は三か月あれば十分だ」
壱星は会議を切り上げ、用意していた体験版を自社サイトで公開した。
十五分後。前の人生なら契約成立の祝福メールが社内を埋めた時刻。今度は配信画面の数字が跳ね上がる。
同時接続、一万。予約購入、三千。
さらに、以前断られた海外配信会社から連絡が入った。
『著作権が御社に残るなら、利益折半で提携したい』
制作部長が、前の人生では一度も言わなかった。
「待て。条件を、変えよう」
壱星は金色のペンに触れず、体験版の公開ボタンだけをもう一度確かめた。