月が欠けきる屋上

午前二時三分、大学の観測室で月食を見ていた逢坂理玖に、沢渡星奈から電話が来た。

「月、見える?」

「雲の切れ間に」

「こっちも。左下がもう暗い」

別れて一年。二人は今夜、一緒に月食を見る約束をしていた。付き合っていた頃に決めた、最後まで消せなかった予定だった。共有カレンダーには、別れてからも〈二人〉の色で残り続けていた。

「どこの屋上?」

「秘密。十年前と同じ場所」

理玖は故郷の中学校を思い浮かべた。卒業前、二人で忍び込んだ屋上。星奈は来月、その町で結婚すると共通の友人から聞いていた。

「婚約者は?」

「そんな人、いないよ」

「聞いた」

「誰から?」

理玖は答えなかった。友人が送ってきたのは、星奈が白いワンピースで男性と指輪を選ぶ写真だった。

「弟だよ。母への還暦祝いを選んでた」

「じゃあ、どうして俺の卒業式に来なかった」

「行った。外から見てた」

星奈が写真を送る。到着に時間がかかり、画面には読み込みの輪だけが回る。

「研究室の先生が、理玖は海外へ行くから邪魔するなって。私が会えば断るかもしれないって言われた」

「海外を断ったのは、君と暮らすためだった」

「私は、断ったと知らなかった」

二時九分、写真が開いた。卒業式の理玖を校門の外から撮ったもの。その位置情報は故郷ではない。今いる大学構内だった。

「星奈、どこにいる」

「旧天文部室の屋上」

観測室から直線で百メートル。十年前と同じなのは、場所ではなく、二人が初めて使った望遠鏡だった。星奈は返しそびれた接眼レンズを持ってきていた。

理玖は階段へ走った。だが屋上へ出たとき、月は雲に隠れ、タクシーの尾灯が門を曲がるところだった。

手すりには接眼レンズと、〈十年前は見つけてくれたのに〉と書かれた紙が置かれている。紙の端には、雨でにじんだ小さな月が描かれていた。

電話は二時十三分で切れていた。理玖はかけ直さず、接眼レンズを望遠鏡へ戻した。欠けきった月ではなく、星奈のタクシーが消えた道路へ鏡筒を向け、レンズキャップを閉めた。