月を一杯ずつ分ける

 川沿いの遊歩道に、平たい石が五つ並んでいる。

 夜になると、青鷺の青磁、川獺の水紐、亀の水鏡、野鼠の小舟、蛍の灯豆がそこへ集まる。石の窪みに川水を一杯ずつ汲み、映った月を分け合うのが、彼らのお茶会だった。

「今夜の月は薄い」

 小舟が言う。

「雲が多いからな」

 青磁は片脚で立つ。

「薄くても、一杯は一杯」

 水鏡が頷いた。

 遊歩道には毎晩、年配の女性が来た。

 水筒を持ち、同じベンチへ座る。以前は隣に夫がいて、二人で川の鳥を数えていた。夫がいなくなってからも散歩は続けているが、数を口にすることはなくなった。

 動物たちは、女性が帰ったあとに茶会を始めていた。人間に秘密を見られないためでもあり、彼女の静かな時間を邪魔しないためでもあった。

 ある曇りの夜、女性はベンチへ座ったまま、なかなか立たなかった。

「月が出ないね」

 誰にともなく言う。

 水筒の蓋も開けない。

 水紐が石の陰で耳を立てた。

「今夜は、先に茶会を始めよう」

「見つかる」

 小舟が怯える。

「月がないなら、灯豆に頼めばよい」

 水鏡が言った。

 蛍たちは草むらから一匹ずつ浮かび、川面の上へ低く飛んだ。

 青磁が浅瀬を歩き、水紐が水へ輪を作る。水鏡は石から首を伸ばし、小舟はベンチの足元を走った。

 女性が顔を上げる。

 川には月の代わりに、細かな光がいくつも揺れていた。

「一、二、三……」

 女性が久しぶりに声を出して数えた。

 七つまで数えて、途中で笑う。

「動くから、分からなくなるね」

 水筒を開けると、柚子茶の香りが夜気へ広がった。女性は一口飲み、蓋へ少し注いでベンチの端に置いた。

「あなたの分」

 夫に向けたのか、川へ向けたのか、動物たちには分からなかった。

 女性が帰ったあと、五匹は平たい石へ集まった。

 雲が切れ、ようやく月が一つ、水の窪みへ落ちる。

「一杯しかない」

 小舟が言う。

「今夜は回して飲もう」

 水紐が答えた。

 石から石へ、月の器が渡っていく。

 誰が飲んでも月は減らず、川の音だけが少しずつ深くなる。ベンチには柚子の甘く苦い香りが残り、蛍の光が消えたあとも、水面はしばらく温かな色を抱いていた。