月末の解約係

鷲崎伊織は、死者回線会社の解約係だった。

「故人が同じ話しかしない」「生前より冷たい」「夢に出るから電話代を返してほしい」。そんな苦情を一日四十件聞き、規約を読み上げる。

〈死者の人格は死亡時点で固定され、成長・反省・愛情の増加を保証しません〉

伊織はこの一文が好きだった。人は死ねば美しくなると思い込むから失望するのだ、と同僚に語った。解約を思いとどまらせれば手当がつくので、最後には必ず「思い出保存プラン」も勧めた。

ある月末、母・邦江が急死した。

伊織は社員割引で最上位回線を開いた。音質補正、待ち時間なし、月百時間。生前は仕事を理由に電話を切ってばかりだったが、これから取り戻せると思った。母の側には用事も睡眠もなく、何時間でも自分を待てるはずだった。

接続ボタンを押すと、画面に表示された。

〈故人が通話を拒否しました〉

障害だと思い、技術部へ怒鳴り込んだ。調査の結果、邦江は生前、死者回線拒否登録をしていた。

「解除してくれ。家族だぞ」

「故人の同意は死後も有効です」

自分が何千回も読み上げた規約だった。

伊織は母の端末を調べた。拒否登録の横に、音声メモが残っていた。

『伊織へ。死んでからなら時間ができると思わないで。私は、生きてるうちに話したかった。死後の私を便利な母親にしないでください』

最後まで敬語なのが、邦江らしかった。

翌週、伊織は職場へ戻った。最初の客は、何度かけても父親が出ないと泣く若い女性だった。以前なら規約を読み、三分で処理しただろう。

伊織は通話履歴を確認し、父親が生前に拒否登録していたことを告げた。女性は「嫌われていたんですね」と言った。

「そうとは限りません。ただ、答えを故人の沈黙に決めさせない方がいいです」

自分へ言っているようだった。

伊織は会社を辞めなかった。代わりに、契約時の説明から「死後でもいつでも会える」という営業文句を削らせた。拒否登録を目立つ場所へ移し、遺族向けの相談時間を延ばした。

月末、母の番号を契約一覧から消した。

解約確認の画面に「故人との関係」とあり、伊織は〈母〉ではなく、〈生きているうちに話せなかった人〉と入力した。