有罪通知のあとで

墨田清志は、無罪判決の数を誇りにする弁護士だった。

勝てない事件は引き受けない。依頼人が真実を話さなくても、証拠の穴を探し、検察より先に裁判官の癖を読む。それが腕だと思っていた。

ある傷害事件の初公判前、裁判所から未来通知が届いた。

〈判決 有罪。懲役四年〉

依頼人は二十二歳の青年だった。駅で男を殴ったことは認めているが、妹を守るためだったと言う。監視映像には殴る場面しかなく、被害者側の挑発を示す証拠はなかった。

清志は通知を見て、降りようとした。結果が決まっている事件に時間を使えば、勝てる事件を失う。

そのとき青年が尋ねた。

「先生、有罪になったあと、妹はどうなりますか」

清志は答えられなかった。これまで彼が見ていたのは判決までで、その先ではなかった。

清志は方針を変えた。無罪だけを叫ぶのをやめ、青年が何を守ろうとしたのかを丁寧に話させた。妹の生活先を探し、学校との連絡をつなぎ、被害者へ謝罪文を届けた。判決は通知どおり有罪だったが、裁判官は青年の事情を認定した。閉廷後、青年の母は『負けたのに、なぜ息子は前より落ち着いているんですか』と尋ねた。清志には分からなかった。ただ、青年は判決前に妹へ、自分がしたことと守れなかったことを初めて自分の言葉で話していた。無罪という札を得ることだけが、立ち直りの入口ではないのかもしれなかった。

青年が収監されたあとも、清志は毎月手紙を書いた。資格の資料を送り、出所後の雇用主を探した。四年後、青年は小さな整備工場で働き始め、妹の卒業式へ出た。

清志の事務所には、そのころから〈判決後相談〉という札が掛かった。華々しい無罪は減り、収入も落ちた。代わりに、刑を終えた人や家族が、何年もあとに顔を見せるようになった。

十年後、青年が妹の結婚写真を持ってきた。

「先生は負けた弁護士です」と彼は笑った。

清志も笑った。写真を事務所の壁へ貼り、その下に事件番号を書かなかった。判決書の棚では一件の有罪事件が終わっていたが、壁の中では、妹の白いドレスの隣で青年がまだ生き続けていた。