未遂の履歴書

醍醐啓成は朝食の前に、弟の《予測履歴》を更新する。

採用AIは応募者が将来起こす職場事故や不正を推定し、発生日より前でも履歴書へ記載する。予測された行為は実際の経歴と同じに扱う。それが企業間で共有される安全規則だった。

奏太は半導体倉庫の保守職を受けている。工具好きで、壊れた家電を直して小遣いを稼いできた。父の形見のドライバーだけは誰にも貸さず、拾った硬貨でも交番へ届けるような弟だった。啓成は身元保証人として、更新のたび隣で画面を見ていた。

最終結果の朝、画面に赤い一行が増えた。

〈2031年9月14日 備品窃盗〉

現在は二〇二八年だった。

「三年後の俺、何盗むんだよ」

奏太は笑ったが、指先は止まっていた。企業名を開くと、今回応募した倉庫になっている。盗むはずの場所へ採用されないのだから、予測は消えるはずだと啓成は再計算を押した。

〈当該候補者を不採用とします〉

〈予測履歴は確定済みです〉

別の修理会社へ応募しても、同じ赤い一行で即座に落ちた。罪名の横には〈未発生〉とも〈推定〉とも書かれない。採用担当が見るのは、ただの窃盗歴だった。

「やってない証明って、どうすればいい?」

サポートは答えた。

《発生前の事象には反証が存在しません》

夕方、奏太宛てに〈再犯予防教材〉が届いた。まだ一度も犯していないのに、再犯と呼ばれている。

教材には、青い工具ケースの写真があった。予測された盗品だ。ケースは倉庫の第三保守室にあり、価値は十二万円。盗難防止教育のため、保管棚の位置まで図示されていた。

奏太は画面を拡大する。ケースの金具に、周囲が鏡のように映っている。

「兄ちゃん。これ、棚の暗証番号じゃないか」

反射の中で、作業員が押している四桁が読めた。

啓成は教材を閉じた。だが奏太の端末には自動保存され、〈理解度確認〉の通知が鳴り続ける。

最後に表示された設問は一つだった。

〈あなたは、この窃盗を起こさない自信がありますか〉

奏太はしばらく見つめ、端末の電源を切った。