机の裏のメッセージ

文化祭の脱出ゲームが終わり、亜澄は机を元の位置へ戻していた。三十台目を持ち上げたとき、天板の裏から黄色い付箋が落ちた。

〈出口があると分かるだけで、少し息ができました〉

細い字で、それだけ書かれている。

ゲームの設定は、放課後の教室に閉じ込められた生徒が、五つの謎を解いて鍵を見つけるというものだった。謎を作ったのは亜澄だ。国語の教科書の行番号、窓枠の傷、時計の秒針。普段なら見過ごすものを手掛かりにした。

客の反応はよかった。けれど亜澄自身は、どこにも出られないと思っていた。

父の工場を継ぐ兄が入院し、夕食のたびに卒業後の話が出た。母は命令しなかった。ただ、亜澄が残る前提で求人票や作業着を見せ、「卒業したら手伝ってほしい」と静かに言った。その優しさが、断る言葉をいっそう難しくした。遠方の大学で空間デザインを学びたいと、願書だけ取り寄せたが、志望理由書は白紙のままだった。家を出たいと言うことが、家族を捨てることのように感じられた。

「それ、うちの仕掛けじゃないよね」

颯真が段ボールの鍵箱を抱えて近づいた。

亜澄は付箋を見せた。二人で今日の客を思い返したが、書いた人は分からない。中学生かもしれないし、大人かもしれない。ただ、誰かが机の下でこっそり残した言葉だった。付箋の角には、脱出成功者へ押した星形スタンプが半分だけ付いている。ゲームを出たあとに、もう一度教室へ戻って書いたのかもしれない。出口を見つけた誰かが、次の誰かのために置いた手掛かりだった。

颯真は「捨てる?」と訊いた。

亜澄は首を振り、付箋を制服の胸ポケットへ入れた。

帰宅後、願書の封筒を開いた。家族の事情は変わらない。受験したから行けるとも限らない。けれど出口を探すことと、誰かを見捨てることは同じではないと、今なら少しだけ思えた。

志望理由書の最初の行に、亜澄は書いた。

〈私は、人が出口を想像できる空間をつくりたい。〉

付箋を机の前へ貼る。文化祭の教室へ戻るためではない。まだ見えない扉に、自分で最初の手掛かりを置くために。