机を一つ、窓辺へ

八月の登校日に、教室の机を全部廊下へ出すことになった。

床のワックスがけをするためだ。出席したのは委員の私と砥部朱莉、それから担当の先生だけ。三十六個の机を運び終えるころには、シャツの背中が汗で張りついた。

「一個足りない」

朱莉が数え直す。教室の窓辺に、机が一つ残っていた。

脚を骨折して一学期の後半を休んでいた、間宮の席だ。机の横には、クラス全員が書いた寄せ書きの紙袋がまだ掛かっている。先生は職員室へ電話をしに行き、私たちは二人でその机を見た。

「運ぶ?」と私。

「待って」

朱莉は椅子に座った。間宮とは幼なじみで、毎朝ノートを届けていた。けれど夏休みに入ってからは、一度も会っていないらしい。

「退院、延びたんだって」

昨日知った、と彼女は言った。

教室に机が一つだけあると、そこが舞台みたいに見えた。朱莉は紙袋から寄せ書きを出す。『早く戻れ』『体育祭までに治せ』『プリント多すぎてごめん』。自分の欄だけが空白だった。

「何も書けない」

「幼なじみなのに?」

「幼なじみだから。戻ってきて、って書いたら、戻れないとき困るじゃん」

窓の外では、野球部の声が遠く響いていた。私はチョークを持ち、黒板に九月の教室を描いた。四角い机を並べ、窓辺に一つ、同じ大きさの四角を置く。

「ここ、空けとけば」

朱莉は少し笑った。

「絵、下手」

「机には見える」

「冷蔵庫かと思った」

二人で言い合いながら、その机を持ち上げた。廊下へ出す直前、朱莉が「やっぱり」と止まる。寄せ書きの空欄に、短く書いた。

『席はある。急がなくていい。』

ワックスが乾いた夕方、机を教室へ戻した。朱莉は間宮の机を元の位置ではなく、ほんの少し窓へ寄せた。松葉杖でも通りやすいように、隣との間を広くする。

九月、間宮はまだ来なかった。

けれど空いた席を見るたび、私はあの夏の教室を思い出した。待つというのは、時間を止めることではなく、誰かが戻れる形に場所を整えておくことなのだと、その机が教えていた。