東京行きは一人
地方駅前の居酒屋で、窓の外を二十二時十四分の上り列車が通った。
大河内隼は四月から東京のメガバンクへ行く。三枝柚季は県内の農協。唐沢尚人は内定を得られず、卒業後にカナダへワーキングホリデーへ出る。
三人は旅行サークルで、安い切符だけを頼りに全国を回った。夜行列車の床で眠り、知らない町の始発を待ち、行き先を間違えても三人なら旅にできた。どこへ向かうかを相談できた最後の時間だった。今夜の飲み会にも、学生時代の路線図を持ってきている。
「尚人、カナダって就活から逃げただけだろ」
隼が言う。
「東京は地元から逃げたことにならないの?」
「採用されたんだよ」
「採用された逃亡は、転勤って呼ばれるんだな」
柚季が枝豆の皿を二人の間へ置いた。
「私は残るけど、勇気があるわけじゃない。祖父の畑を母一人にできないだけ」
「農協なら安定だろ」と隼。
「その言い方、面接官にもされた。安定してるから選んだ顔に見えたんだって」
隼は黙った。自分は東京で市場を動かしたいと話したが、本当は地元で落ちた会社の数を誰にも見られたくなかった。
尚人が路線図に三本の線を引く。東京、県庁所在地、空港。
「卒業旅行、結局行けなかったな」
「四月前に行けばいい」と隼。
「三月は研修」と柚季。
「俺はビザの面接」
三人とも予定を持つようになり、その予定に互いの名前はなかった。
会計を終えると、隼は最終列車に乗るため立ち上がった。柚季は母の車を待ち、尚人は駅前の英会話教室で夜間清掃のバイトがある。
「東京で部屋決まったら呼ぶよ」
隼が言う。
「農繁期じゃなければ」と柚季。
「帰国してたら」と尚人。
約束は、断り方まで完成していた。三人とも、その曖昧さを責めなかった。
隼が走り去ったあと、三人席の一つが空く。柚季は路線図を畳み、尚人は空港までのバス時刻だけを切り取った。
テーブルには、東京行きの切符、農協の採用通知、片道航空券の控えが並んだ。どれも出発日が違い、同じ改札を通るものは一枚もなかった。