栄養表示を伏せて
実果は、夜にパンを食べるとき、必ず栄養表示を見た。
元恋人が、彼女の腰回りをつまんで言ったことがある。
「こういうの、積み重ねだからね。食べるなら数字くらい把握しなよ」
別れてからも、実果はカロリーを足し、翌日の食事から引いた。食べたくて買ったパンを、表示を見たあと捨てたこともある。数字を知らずに口へ入れるのは、自分を管理できない人のすることだと思っていた。
月末の金曜、仕事を終えたのは二十二時だった。駅の売店で、最後のクリームパンが半額になっていた。実果は一度通り過ぎ、戻って買った。
帰宅して袋を開ける。甘い匂いがした。裏面には、いつもの小さな表がある。
実果は眼鏡をかけ直し、数字を読もうとした。
そのまま袋を裏返し、表示の面をテーブルへ伏せた。
見なければゼロになるわけではない。明日、体が急に軽くなるわけでもない。むしろ分からないことが不安で、指先が袋をめくりそうになった。
実果はパンを皿に置き、冷たい麦茶を注いだ。立ったまま急いで食べる癖もあったが、椅子に座った。
一口目で、クリームが片側に寄っていることに気づいた。パン生地は少し乾いていた。それでも空腹だった体には、ゆっくり温かさが戻った。
袋の裏面が少し浮き、数字の一部が見えそうになった。実果は皿を重しにして伏せた。知らないまま食べることは、思っていたより落ち着かなかった。胃に入った量を想像し、明日の昼をサラダだけにする案が浮かぶ。実果は予定表を開かず、もう一口を噛んだ。甘さは罪悪感を消さなかったが、罪悪感もパンを取り上げなかった。
半分食べたところで、洗面所の体重計が視界に入った。食べ終えたら測るつもりだった。増えていれば、明日の朝を抜く。
実果は残りを食べ、皿を流しへ運んだ。洗面所の前を通ったが、体重計には乗らなかった。
クリームパン一個で、自分を好きになれたわけではない。腰回りを気にする気持ちも消えなかった。
ただその夜、実果は数字を知らないまま歯を磨き、明日の朝食を減らす予定を立てずに電気を消した。