棺の中の次へ

配信者・丹羽ユラの死後、彼女のチャンネルに黒い再生画面が現れた。タイトルは『NEXT』。元モデレーターの梓川剛だけに、先行視聴リンクが届いていた。

イントロは通知音を刻んだダークなダンスポップ。画面中央に白いボタンが浮かぶ。

〈次へ〉

剛は押した。ボタンの縁が脈打ち、低音が一段深くなる。クリックするたび、自分が彼女の棺を内側から開けているようだった。

ユラは生配信中に薬を飲み、帰らぬ人になった。世間は過労と依存を責めたが、剛だけは知っている。薬を送ったのは自分だ。交際を拒まれ、眠れる程度だと偽って大量に送りつけた。配信のログから住所を消し、相談コメントも削除した。

Aメロが終わるたび、またボタンが出る。

〈▶〉

〈マイクの使用を許可して続行〉

〈位置情報を許可して続行〉

剛は鼻で笑った。死者の仕掛けた最後のゲーム。許可を与えるたび、未公開の歌声が数秒ずつ解禁される。サビを全部聴けば、ユラが自分を愛していた証拠が出るかもしれない。

画面のユラは、棺の中を思わせる狭い黒枠で歌っていた。

「まだ終わらないで」

剛は最後のボタンを押した。

伴奏が消え、彼が過去に送った音声メッセージが流れた。

――飲めよ。俺が見てるから。

――配信を切るな。

――誰かに言ったら、次は家族だ。

同時に、黒枠の中の映像が切り替わる。映ったのはユラではなく、端末を覗き込む剛自身の顔だった。マイクとカメラと位置情報は、曲を完成させるためではない。視聴者を特定するための許可だった。

配信の同時視聴者数が、1から十万へ跳ね上がる。限定リンクではなかった。剛が最後まで進んだ瞬間に公開される予約だった。

画面下に、新しい字幕が出た。

〈次へ〉

剛は震える指で押す。警察への通報完了、証拠データ送信済み。

最後の一音は、玄関の呼び鈴だった。

「次へ」

それはもう曲を進めるボタンではない。

ユラの次に、カメラの前で自分の言葉を話す者を指す順番だった。