正しい録音
透吾は、口論になると必ず録音した。
録音開始の電子音が鳴ると、私は急に冷静な声を作った。透吾はそれを聞くたび、何かを諦めたように目を伏せた。
「あとで言った言わないになるから」
そう説明されたが、恋人同士の会話を証拠にする発想が怖い。婚約してから録音は増え、彼はスマートフォンを伏せて置く癖までついた。
私は録音が始まる前に自分の端末を別室へ置いた。感情的な声が二台に残るのは嫌だったからだ。謝罪させる時は、「私を傷つけました」と同じ文を三回言い直してもらった。きちんと反省しているか確かめるためだった。
録音されると、私の方が不利になる。透吾は黙る時間が長く、私だけが怒鳴っているように聞こえるからだ。私は彼の沈黙も暴力だと説明したが、録音には沈黙の痛さまでは残らない。そこで、彼が返事をしない時は肩を押したり、机を叩いたりして、会話を続けさせた。それも関係を諦めない努力だと思っていた。
透吾が一度だけ「怖い」と言った時、私は笑った。男が女を怖がるなんて、被害者ぶるにもほどがある。翌朝、その言葉だけを切り取って友人に送り、私を怖がらせる脅しだと説明した。
ある夜、透吾が同僚の女性と食事をしたことで喧嘩になった。仕事だと言い張る彼に、私は別れをほのめかした。
「私が死んだら、あなたのせいだって書く」
透吾の顔が固まった。私は本気ではない。愛されているか試しただけだ。
翌日、彼は双方の両親を呼び、録音を再生した。前半には私の泣き声、後半には、彼が謝っても「声が足りない」とやり直させる私の声が入っていた。死を持ち出した場面も、一言も欠けていない。
「都合よく編集したのね」
私は録音機を床へ叩きつけた。透吾の母が息をのみ、私の母は目をそらした。
透吾は婚約を解消すると言った。私は監視され、切り取られ、家族の前で辱められた被害者なのに、誰も味方をしなかった。
壊れた録音機の赤い灯りが消えた直後、机の上のパソコンからアップロード完了の音がした。
壊れたのは、私の手の中にある方だけだった。