死者の名を答えない
「この硬貨の持ち主を呼び戻し、その名を答えよ」
黒曜死霊学院の入学試験。試験官が卓上へ古い銅貨を置いた。片面には王冠、もう片面には潰れた横顔。
ユーディトはその硬貨を知っている。
前の人生、教本どおりに霊を呼び、現れた老王へ名を尋ねた。霊は「アルダス」と答えた。ユーディトが復唱した瞬間、死者の罪まで魂へ刻まれた。学院は危険な呪詛を持ち込んだとして彼女を地下へ封じた。
百年分の亡霊を看取った末、彼女は悟った。死者が差し出す名は、しばしば自分のものではない。呼んだ者へ押しつけたい未練の名だ。
今、銅貨が前と同じ向きで回っている。
「恐れるな。名を聞くだけだ」
前のユーディトは「承知しました」と答えた。
今度は銅貨を指先で止めた。
「名は聞きません」
「ならば不合格だ」
「試験文には『持ち主の名を答えよ』とあるだけです。死者本人に聞けとは書かれていません」
試験官の片眉が動く。
ユーディトは銅貨を裏返した。削られた横顔の首元に、微細な鋳造印がある。未来の地下書庫で覚えた、王妃専属工房の印。
「この硬貨は老王のものではない。王妃リュゼラの葬送銭です」
冷気が吹き、卓の向こうに王冠をかぶった亡霊が現れた。前と同じ顔、同じ濁った目。
「我が名はアルダス。呼べ」
その声に、受験生たちが震える。
ユーディトは以前とは違う返答をした。
「それはあなたが捨てたい罪の名でしょう。返します」
銅貨を王冠の影へ滑らせる。亡霊の胸から黒い文字が剥がれ、硬貨へ吸い込まれた。老王の姿は崩れ、その背後から白い衣の女性が現れる。
「ようやく、私の銭を返してくれた」
王妃の霊はユーディトの額へ口づけ、一筋の光になった。銅貨の潰れていた横顔も元へ戻り、王冠ではなく百合を戴く女性の肖像が現れる。
試験卓の骸骨灯が青から白へ変わる。前回は鳴り響いた呪詛警報が、今度は沈黙した。
【死霊との対話:完全成功】
試験官は初めて椅子から立ち、深く礼をした。
「入学を許す、では足りない。どうか我々に教えてほしい」