水晶針を折る人
テッサには、魔力鑑定の水晶針が怖かった。
十二歳のとき、適性検査で針が暴走し、掌を貫いた。傷は消えたが、水晶の光を見ると指が痺れる。
婚約者のラインハルト公爵に話したことはない。けれど彼は、宮廷魔術師が検査器具を運び込んだ瞬間、彼女の前へ立った。
「それを下げろ」
「公爵家へ平民を迎える以上、血統と魔力の確認が必要です」
魔術師長が反論する。ラインハルトは部下を一度の失敗で左遷し、敵国の使節にも笑顔を見せない男だ。その声が低くなるほど、周囲は黙る。
「必要なのは書類だ。痛みではない」
テッサは袖を引いた。
「平気です。すぐ終わりますから」
ラインハルトは振り返り、彼女の握った拳を見た。
「君は怖いとき、爪を隠す」
手を開くと、確かに爪が掌へ食い込んでいた。市場で迷子になりかけた日も、雷雨の夜も、彼は同じ癖を見ていたのだ。
「でも、鑑定を受けなければ婚約が認められません」
「認めさせる」
「どうやって?」
「私が困る」
あまりに当然のような答えに、テッサは瞬いた。冷徹公爵が私情を理由にするなど、誰も想像しない。
公会議が始まり、魔術師長は検査を拒むテッサを「身元不明の危険人物」と呼んだ。
「規則に従わぬ者を公爵夫人にするおつもりですか」
ラインハルトは水晶針を手に取った。細い光が彼の指先で震える。
「この器具でなければならない根拠は?」
「百年の慣例です」
「では、百年間誰も疑わなかっただけだ」
彼は針を二本の指で折った。乾いた音が議場に響く。
「代替の鑑定法を用意しろ。本人が受けたいものだけを選ばせる」
議長が慌てる。
「すべて拒否した場合は?」
「婚約は私の責任で進める」
「危険が判明しても?」
ラインハルトは初めてテッサへ向き直った。
「危険かどうかを決めるために、彼女を傷つける気はない。そもそも婚約を続けるかも、彼女が決めることだ」
そして彼は議場中央に三枚の申請書を置いた。光による鑑定、問診、検査辞退。
「選べ。どれにも署名しなくてもいい」
テッサは迷った末、検査辞退の紙を取った。
周囲が息を呑む中、ラインハルトだけが静かにうなずいた。
「承認しろ。彼女が拒んだ。それで十分だ」