海賊王の絞首縄
港町ダグラの処刑台は、満潮になると海へ半分せり出す。
海賊王サルヴァトを吊るすには、これ以上ふさわしい場所はない――提督ネレウスはそう宣言した。
捕縛の経緯は軍報に「壮絶な海戦の末」とある。実際には、嵐で傷んだ漁船を修理していたサルヴァトを、百人の兵で囲んだだけだった。港の漁師は皆、その場を見ている。
「奪った船は四十七隻。沈めた軍艦は十二隻。言い残すことは?」
絞首台の上で、サルヴァトは水平線を眺めていた。首に太い縄を掛けられ、両手は背中で縛られている。
「軍艦を沈めたのは十一隻だ。最後の一隻は座礁だろ」
「黙れ。貴様に海軍の記録が分かるものか」
「灯台へ正面から突っ込んだ船を、戦果に数えるのは難しいな」
提督の副官が俯いた。座礁船の舵を握っていたのはネレウス本人だった。
港の漁師たちが吹き出す。
提督は合図をした。
床板が外れ、サルヴァトの体が落ちる。縄が張り、柱が軋んだ。
一分。
絞首刑なら、すでに意識を失っている時間だ。処刑吏は縄の結び目を確かめ、提督は懐中時計を二度振った。
二分。
足が揺れない。
処刑吏が恐る恐る覗き込むと、サルヴァトは縄に吊られたまま、退屈そうに海を見ていた。首には赤い跡一つない。
むしろ新品だった縄の繊維が毛羽立ち、首へ触れた部分だけ擦り切れている。サルヴァトではなく、縄のほうが絞め上げられたようだった。
「この縄、湿気てるぞ」
「黙れ!」
提督は彼を引き上げさせ、軍艦の曳航鎖を持ち込ませた。鎖を首輪へ繋ぎ、反対側には一トンの錨を吊るす。
「人間の首なら、これで千切れる」
「人間の首ならな」
漁師たちの間で、笑いではない声が広がった。誰かが海賊王の旗印を指で作り、次々に同じ形の手が上がる。ネレウスはそれを見ないふりをした。
錨が落とされた。
処刑台の床を突き破り、海面へ激突する。水柱が観客席まで降りかかり、濡れた人々が目を開けたとき、サルヴァトは同じ場所に立っていた。
鎖はぴんと張り、その首から海中へ伸びている。姿勢は崩れず、背中で縛られた両手も動かしていない。
異常に最初に気づいたのは、提督ではなく軍艦の乗組員だった。
海に落ちた錨が止まっていない。
鎖の向こうで、軍艦そのものがゆっくり処刑台へ引かれていた。係留杭が一本ずつ抜け、甲板から悲鳴が上がる。
サルヴァトは首を傾げた。
「次は船ごと吊るすのか?」
提督は命令杖を握りしめたまま、処刑台から一歩退いた。