深海王国の真珠冠

海壁を修復できなかった王子ネリオは、隣国との同盟のため真珠姫との婚姻を命じられた。婚礼が成立すれば、彼は相手国の海溝宮から出られない。

水圧の高い礼殿で、ネリオは重い真珠冠を被った。海壁が裂けた日、彼の魔法は届かなかった。仲間たちは自力で町を救った。役に立たなかった王子を、わざわざ深海まで取り戻しに来るはずがない。王族会議は彼の部屋から私物を運び出し、帰国後の寝室まで客間へ変えていた。宮廷にさえ帰る席がないことを、ネリオは婚礼前夜に知らされた。さらに真珠冠には帰国不能の封印があり、一度被れば故郷の潮流から拒まれる。彼はそれを贖罪として受け入れるつもりだった。

司祭魚が誓約泡を放った瞬間、一本の銛が床へ突き立った。

潜水士ソーニャが、予備の呼吸石ごと銛をネリオへ預ける。

「浮上用。返却は海面で」

礼殿の横に停められた観測鐘では、錬金術師メルクが丸窓の隣を空け、乾いたタオルを置いていた。

「濡れたままでも乗れる。君の席だけ水温を上げた」

外海には騎士ライゼが巨大海亀の手綱を握り、潮に逆らって待っている。甲羅には三本の係留縄が結ばれ、離れる気配がない。

「亀が眠っても待つ。俺も寝て待つ」

海溝王が三人を捕らえようとする。ソーニャは銛先で真珠冠を叩いた。冠から流れ出た黒砂が海壁の亀裂と同じ匂いを放つ。隣国が海流を塞ぎ、壁を内側から腐食させた証拠だった。

婚姻の理由は同盟ではなく、失敗の目撃者を封じること。真珠姫自身も冠を投げ捨て、契約を拒んだ。

救出は成功した。それでもネリオは呼吸石を握れない。海壁を直せなかった事実は残る。次の危機でも足手まといになれば、三人は先に浮上するだろう。

「僕は、また届かないかもしれない」

ソーニャは銛を抜かない。メルクは観測鐘の席を温め続け、ライゼは海亀へ追加の餌を与えた。

「届かない場所まで迎えに来る」とソーニャが言う。

ネリオは真珠冠を置き、呼吸石を受け取った。観測鐘、海亀、潜水艇。海面へ続く帰り道は三つあり、その全部に彼を待つ人がいた。