清いはずの王都水
アクサナが国外追放された翌朝、王都の噴水から細い赤虫があふれた。
水は透明で、臭いもない。役人は安全だと言い張ったが、昼までに兵舎と学校で腹痛が広がった。浄水場の砂濾しも煮沸釜も正常。それでも虫の卵だけが水路を通り抜けていた。
水務卿ヴェスカンは技師たちを睨む。
「昨日まで一匹もいなかったぞ!」
老技師は水門の縁に残る銀粉を示した。
「アクサナ殿の選別結界です。水の勢いは通し、一定以上の大きさを持つ卵だけを川へ戻していました」
王都を巨大な壁で囲む術ではない。水門ごとに張る網目ほどの結界だった。戦争が終わると、ヴェスカンは「虫を止めるだけの者へ国家俸給は払えない」と彼女を追放した。
新任の結界師は水路を丸ごと塞ぎ、今度は貯水池をあふれさせた。王都では飲み水の配給が始まった。
その頃アクサナは、山村の共同井戸に立っていた。村医アルミアが汲んだ水を光へ透かす。
「鉄粉も寄生虫もない。でも体に必要な鉱分は残っています」
「全部を弾けば、味も栄養もなくなります。通してよいものを先に決めるんです」
「去年は水の病で三人失った。今年は誰も失わずに済む」
村人は井戸端へ、彼女の名を刻んだ小さな石碑を置いた。英雄ではなく、「水を選んだ人」と刻まれていた。
夕方、王都から金縁の公文書が届いた。
『追放を撤回する。直ちに全水門の結界を復旧せよ。これは国民の命に関わる王命である』
アクサナは村との井戸管理契約を読み返し、公文書へ一行だけ書き添えた。
公文書は国民の命を盾にしていたが、その命を危険へさらした責任については一行もなかった。アクサナは王都の病人を見捨てたいわけではない。だから水門の構造と応急濾過の手順は、追放前にすべて技師へ残していた。読まずに捨てたのは水務卿だ。村医アルミアは、彼女が王都へ戻らなくても知識を広められるよう、近隣の村を集めた講習の日程を示した。命を守る仕事は、一人を呼び戻して再び依存することではない。その考えに、アクサナは頷いた。
「王国との雇用契約は、追放宣告時に終了しています」