潮が運んだ赤箱
台風で孤立した弦月島の観測所に、赤い小包が届いた。船は二日前から欠航し、ヘリも飛べない。小包は内側から施錠された舟小屋の床にあり、中には本土へ送ったはずの希少珊瑚が入っていた。浜にも桟橋にも新しい足跡はない。
島に残るのは灯台守の島津、海洋生物学者の国枝、潮位技師の海棠。島津は灯台、国枝は標本室、海棠は地下計測室にいた。三人とも珊瑚の違法採取を疑われ、証拠を「海の向こうから返送された荷物」に仕立てる動機があった。舟小屋の錠は錆びた一本鍵で、発見時まで島津が首から下げていた。床も扉も濡れていない。
調査役の薬師寺が拾った手掛かりは三つだった。箱の底には、外海ではなく入江にだけ繁殖する細い海藻が絡んでいる。結び紐には、舟小屋の潮位計に使う銅輪の緑青が付着している。そして潮位計の浮子を吊るす索が、前日の記録より一・二メートル短くなっていた。
島津は波が窓を破って箱を押し込んだと言ったが、窓は乾いている。国枝は珊瑚を食べた鳥が運んだと冗談めかした。海棠は索の短縮を台風による伸び縮みだと説明したが、合成索は水を吸っても長さをほとんど変えない。国枝が一・二メートルという数字の意味を尋ねると、海棠は答えず、潮位計の蓋を閉めようとした。薬師寺はその手を止め、三つの事実を最初から読み直した。
舟小屋の床下には、海面変化を測るため入江へ通じる直径三十センチの静水管がある。浮子はその管を上下し、索は小屋内の記録装置へつながっていた。箱を防水袋に入れて浮子へ結べば、満潮が管の奥まで押し上げる。
「海棠さんは干潮時、外側の点検口から箱を浮子へ結び、満潮を待った。海藻は通った入江、緑青は銅輪、短くなった一・二メートルは箱を小屋内へ引き上げた索の分です。人も船も島へ来ていない。しかし潮は決まった時刻に舟小屋の下まで来る。あなたは海を配達人にし、施錠された建物へ荷物だけを上陸させたのです。扉の鍵を持つ島津を疑わせながら、実際に開いたのは床下の海への入口でした。台風は交通を断ったのではなく、潮の動きを誰も見に行けなくする目隠しだったのです」