火を怖がる花嫁

婚礼の鐘が鳴ると、夫婦は互いの恐怖を一つだけ交換する。

エルマイラが差し出すのは、雷への恐れだった。

子どものころ落雷で納屋が焼けて以来、空が光るだけで膝が震える。けれど晴れた日には困らない。受け取る相手のクレフが差し出すのは、炎への恐れだった。

彼は王都消防団の隊長でありながら、火に近づけない。

半年前、燃える劇場から三十人を救い、最後に妹を助けられなかった。以来、蝋燭の火にも息が詰まる。今夜、王立文書塔が放火された。中には孤児名簿があり、焼ければ千人の配給資格が消える。

二人の結婚は、鐘が鳴っている間だけ有効な救助契約だった。

「君は硝子職人だ」クレフは鐘楼の下で言った。「炎が怖くなれば、炉の前に立てない」

エルマイラの工房には、父から継いだ炉がある。溶けた硝子の橙色を見つめ、息を吹き込むときだけ、世の中の形を自分で決められる気がした。来月には職人試験があり、合格すれば初めて自分の印を作品へ刻める。

炎を怖がれば、その未来はなくなる。

「別の人と交換しなさい」とクレフは言う。

「火を怖がらない人は大勢いる。でも、その人たちはあなたが塔のどこを知っているか知らない」

彼は建物の設計を覚えている。煙の流れも、崩れる階段も。恐怖さえなければ、最短で名簿へ辿り着ける。

「雷なら、俺が引き受けても困らない」

「戦場では困るでしょう」

「もう戦場へは行かない」

「そうやって、私の損だけ数えるのはずるい」

鐘楼の上で、火災を告げる赤旗が増えた。塔の窓から紙片が雪のように舞う。名簿が燃え始めている。

エルマイラは契約指輪をはめた。

クレフの手は冷たかった。恐怖で汗ばんでいる。英雄の手ではなく、怖いものの前で立ち尽くす普通の人の手だった。

「終わったら離縁です」

「君の炉は、俺が何とかする」

「近づけるようになった途端、偉そう」

少し笑えた。

鐘が鳴った。

目の前の松明が、突然、牙を剥く獣のように見えた。エルマイラの喉から悲鳴が漏れる一方で、クレフの呼吸が静かになる。

彼は燃える塔へ走り出した。

彼女は炉を失う恐怖ではなく、ただ一歩も炎へ近づけない自分を、その場で初めて抱きしめた。