火星運賃、四十年
櫛引夕映は、火星行きの乗船券に四十年を払った。地球での推定余命は四十六年。到着後に残るのは六年だった。
周囲は止めた。火星居住区はまだ狭く、景色は人工投影、食事は培養藻が中心だ。それでも夕映は申し込んだ。地球では姉を災害で失って以来、何をしても「生き残った時間を消費している」感覚があった。四十年を一度に使えば、残りを迷わず生きられると思った。
到着した彼女に与えられた仕事は、英雄的な開拓ではなく温室の湿度管理だった。毎朝、同じ管を点検し、カビを拭き、まだ実のつかない苺の株を数える。居住者たちは夕映を「六年さん」と陰で呼んだ。長期計画に入れてもらえず、資格講座も投資効率が低いと断られた。
夕映は苛立った。四十年も払って来たのに、六年しかない者として扱われる。残高を節約するため食事を減らし、娯楽区へ行かず、温室でも最短経路だけ歩いた。
ある日、見学に来た子どもが、青いままの苺を指して尋ねた。
「いつ赤くなるの?」
「順調なら三年後」
「そのとき、お姉さんいる?」
夕映は答えられなかった。三年後を想像しないために火星へ来たのだと気づいた。
翌日から彼女は、成長の遅い株も抜かずに記録した。子どもたちを温室へ招き、一人ずつ世話する株を決めた。休日には、姉が好きだった歌を教えた。効率AIは作業時間の増加を警告したが、夕映は無視した。
三年後、最初の苺が赤くなった。二十粒しかなく、夕映は自分の分を取らなかった。子どもたちが酸っぱい顔をして笑うのを見た。
残高は二年八か月。四十年の切符は未来を捨てるためではなく、未来を短くても誰かと待つための代金だったのだと、夕映はようやく思えた。
夕映は自分の死後も温室の記録が続くよう、子どもたちに失敗欄を残した。枯らした株、湿度設定の間違い、食べ頃を逃した実。完璧な手順だけでは待つことを教えられないと思った。彼女の残り時間は減ったが、三年先を口にする回数は増えていった。
短い未来にも、待つ価値はあった。