火災報知器の下で
小春は揚げ物が嫌いだ。油の匂いがカーテンに残るし、火事が怖い。妹の真弦は、疲れた日は唐揚げしか自分を戻せないと言う。共同生活の約束で、揚げ物は月一回だけになった。
その月一回の夜、真弦はスーパーの半額鶏肉を広げた。小春は窓を開け、火災報知器の位置を確認した。真弦は「消防士か」と笑った。
油が温まるまでの間、実家から電話が来た。母ではなく父。珍しい。内容は、母がまた近所の集まりで二人の暮らしを「姉妹で助け合って偉い」と話した、という報告だった。父は悪気なく笑っている。小春の手が止まった。
「偉いって何」
小春が言うと、真弦は粉をまぶした鶏肉を皿に置いた。
「親はそう言いたいんでしょ」
「私たち、親を安心させるために住んでるわけじゃない」
「でも、安心されて困ることある?」
「ある。勝手に物語にされる」
真弦は肩をすくめた。彼女は使える誤解は使えばいいと思う人だ。小春は誤解に名前をつけられると息苦しい。電話は切ったが、油は熱くなりすぎていた。薄い煙が上がる。
「火、止めて」
小春が言う前に、真弦がコンロを切った。小春は濡らした布巾ではなく鍋ぶたを取った。二人で鍋の上にゆっくりかぶせる。火は出ていなかったが、部屋の空気が張りつめた。
「ごめん」
真弦が言った。
「謝るの、料理に?」
「姉ちゃんに。あと鶏肉に」
小春は笑わなかったけれど、換気扇を強にした。しばらくして油が落ち着くと、二人は揚げるのをやめ、鶏肉をフライパンで焼いた。唐揚げではない何かができた。
食べ終わってから、小春は母にメッセージを書いた。『助け合ってるというより、火を消し合ってる』。真弦が横から、唐揚げではない写真を添付した。二人は同じ送信ボタンを見て、同時に頷いた。
母からは笑ったスタンプだけが返ってきた。小春は少しむっとし、真弦は「伝わらないね」と言った。伝わらないままでもいい、と小春は思えなかった。けれど真弦が鍋ぶたを洗う横で、小春は火災報知器の電池期限をメモした。二人で暮らす説明を、家の中の作業に戻した。