焼きそばの湯気の向こう

 文化祭二日目の昼、二年三組の焼きそば店は戦場だった。

「細谷、三つ!」

「ソース切れた!」

「魚住、キャベツ!」

「今焼いてる!」

 鉄板の向こうで魚住陸がへらを振り、細谷菫が容器へ詰める。湯気で顔は見えず、声だけが飛び交った。

 菫は朝から、閉店後に陸へ告白すると決めていた。

 決めていただけで、言葉は何も考えていない。

「大盛り一つ、青のり抜き!」

「了解!」

「紅しょうが多め!」

「了解!」

「あと、好き!」

「了解!」

 陸が反射で返事をした。

 菫の手が止まる。

「……今、何に了解した?」

「大盛り、青のり抜き、紅しょうが多め」

「そのあと」

「そのあと?」

 鉄板の音が大きい。客の列は長い。背後では会計係が「五百円です!」と叫んでいる。

 菫は自分でも、なぜ今言ったのか分からなかった。湯気のせいで顔が隠れていたからか、忙しすぎて逃げる暇がなかったからか。

「何でもない!」

 容器を閉じようとしたとき、陸のへらが鉄板を三回叩いた。

「細谷」

「何」

「俺も」

「俺も、何」

「紅しょうが多め」

「ふざけないで」

「青のりは普通」

「聞いてない」

「細谷は、好き」

 今度は菫が反射で言った。

「了解!」

 会計係が吹き出し、列の先頭にいた一年生が拍手した。周りに聞かれていたと気づき、菫は容器の蓋で顔を隠す。

「次のお客様!」

 陸は何事もなかったように麺を返したが、耳まで赤かった。

 閉店後、売上を数える机の下で、菫は一枚の食券を見つけた。表には「焼きそば一個」、裏には陸の字で「返事一個」と書かれている。

「さっき了解って言った」

「忙しいときの返事は無効」

「じゃあ、今」

 教室にはソースの匂いが残り、鉄板はまだ温かかった。外では後夜祭の音が始まっている。

 菫は食券の「返事一個」に丸をつけた。

「大盛りで」

「何が」

「返事」

 陸は笑って、空の容器へ紅しょうがを山ほど入れた。

 二人の最初の記念品は、文化祭の写真でもクラスTシャツでもない。

 食べるものが何も入っていない、紅しょうがだけの焼きそば容器だった。