焼けない窯
陶芸祭の夜、登り窯の乾燥室で鑑定家の早乙女が死んでいた。鉄枠の扉は、内側へ倒れた棚板に噛み込んでいる。温度が下がる前にこじ開ければ崩落するため、遺体は窯ごと冷えるまで動かせない。
窯へ入れたのは陶芸家の設楽、弟子の面高、美術商の五條。早乙女は祭の目玉作品が現代の贋作だと見抜き、三人の前で公開すると宣言していた。設楽と面高は午後五時から隣の会場で実演を行い、五條は「六時前、窯から高温焼成の青い炎を見た」と証言した。
この窯は温度が下がるまで半日開けないことで知られ、五條は『証拠は全部灰だ』と早くも断言した。設楽はその言葉に怒り、面高は窯の前で泣き続けた。覗き穴の向こう、早乙女の足元には曲がった測温錐があり、窯が千二百度を超えたように見える。だが炎の物語へ引かれず、判断に使うものを三つだけにした。
第一。測温錐は高温で倒れた形だが、表面に今日の灰が付かず、底には古い釉薬が固着している。以前の焼成から持ち込まれた物だった。
第二。早乙女のナイロン製靴紐も、胸ポケットの紙製入場証も原形を保ち、窯の外壁も手を近づけられる温かさしかない。遺体は高温焼成を経験していない。
第三。窯の制御記録は最高百八十度の乾燥運転だけを示し、午後五時二十六分、五條の臨時カードで扉が開閉されていた。その間、設楽と面高の実演映像は途切れていない。
五條は「記録が壊れている」と叫んだ。けれど彼自身の青い炎という証言こそ、存在しなかった高温を知る者の言葉だった。
五條は早乙女を殴って乾燥中の窯へ入れ、過去の焼成で曲がった測温錐を足元へ置いた。高温で死体の時刻も痕跡も焼けたように見せるためである。しかし靴紐と紙札は千二百度を否定し、制御記録は百八十度と扉を開けたカードを示す。古い錐だけが高温を装う一つの仕掛けだった。実演中の二人には機会がなく、見てもいない青い炎を語った五條は、自分で作った偽の焼成に囚われた。 高温を装った者だけが、灰になっていない証拠を恐れていた。