父が作ったアクスタ棚

宮下里奈は、会社を辞めたことより、実家へ戻ることのほうが怖かった。

二十九歳で無職になり、段ボール十二箱と一緒に子ども部屋へ戻る。そのうち四箱は、女性アイドル〈SUGAR PLANET〉のひよりのグッズだった。箱にはすべて「書籍」と書いた。父の昭彦に見つかれば、そんなものに金を使うから貯金がないと言われる気がした。退職を決めた夜、里奈が会社のトイレで呼吸を整えられたのは、ひよりの『逃げても次の場所で会おう』という配信を見たからだった。それでも、その救いを家族へ説明する言葉は持っていなかった。

引っ越し翌朝、物音で目を覚ますと、父が一箱を開けていた。床には色とりどりのアクリルスタンドが並んでいる。ひよりの歴代衣装が、畳の上で小さな審査会を開いているようだった。里奈は靴下のまま段ボールをまたぎ、父の手から奪い返そうとした。

「勝手に開けないでよ」

里奈は声を荒らげた。父は一体を手に持ち、台座を確かめている。

「これ、倒れやすいな」

責める言葉を待ったが、それだけだった。

昼過ぎ、父はホームセンターから透明板と細い木材を買ってきた。昔、里奈の学習机を作ったときと同じ工具箱を開く。

「地震が来たら全部落ちる。前に縁を付ける」

「飾っていいの?」

「お前の部屋だろう」

父はひよりを知らない。退職理由もまだうまく話せていない。それでも、里奈が大事にしている物を、再就職より先に守ろうとしていた。

棚が完成すると、父は一番中央の段を指した。

「これは、どれが主役なんだ」

里奈は最新衣装のひよりを置いた。父は少し離れて水平を見てから、棚を壁へ固定した。

夕方、母が部屋をのぞき、「こんなに集めてたの」と驚いた。里奈は反射的に箱を閉めかける。だが、透明な棚の中でひよりが笑っていた。

「うん。十年くらい好き」

言ってみると、無職であることとは別の、長く続けてきた自分がそこにいた。

里奈は「書籍」と書いた残りの箱を引き寄せ、太いペンで線を引く。その上に、今度は大きく〈ひより〉と書いた。