父の遺言は高画質
芦原惟成は毎月一日、父の口座から介護施設費を振り込む。父の顔を端末へ映し、「承認する」と言ってもらうのが決まりだった。声が細くなっても、判定はいつも緑だった。
葬儀の翌日、銀行から遺言審査の通知が来た。
候補は二本あった。
一本目は、父が死の三日前に惟成の端末で撮った映像だ。薄暗い病室で、父は何度も咳き込みながら言う。
『家と預金は惟成に残す』
真正度六一・四%。
二本目は、白い書斎で背筋を伸ばした父が、介護金融会社へ全財産を譲ると語る映像だった。皺の動きも瞳の反射も鮮明で、咳一つない。
真正度九九・九%。
遺言の規則は一つ。内容が食い違う場合、本人確認AIの真正度が高い一通だけを有効とする。日付も公証人も、合成できる以上は参考にしない。
惟成は審査員へ、父との最後の映像を見せた。
「父は高画質撮影を嫌っていた。二本目の部屋も実在しない」
「真正度が回答です」
「なら、本人しか知らないことを聞いてください」
審査員が二本の映像へ同じ質問を送る。
《息子が小学生のとき、川へ落とした物は?》
病室の父は、質問が後付けなので答えない。書斎の父は即座に笑った。
『赤い野球帽だ。惟成は泣きながら追いかけた』
正解だった。惟成が昔、家族限定の動画へ投稿した話だ。
惟成は別の質問を入力した。
《本当は、何を落とした?》
書斎の父が止まる。病室の映像の中で、偶然、父が鼻をすすった。惟成は答えを知っている。落としたのは帽子ではなく、父の手だった。川へ飛び込んだ父が、そういうことにしてくれたのだ。
判定欄が更新された。
《第二映像の沈黙は人間的な想起反応と一致。真正度一〇〇%》
惟成が息をのむ間に、家の所有権が移った。
《被相続人本人の意思を確定しました》
画面の父は、金融会社のロゴの下で惟成へ微笑んだ。生きている間より健康で、死んだあとまで借金を返すのが好きそうな顔だった。
審査終了後、病室の映像は低真正度データとして自動削除された。惟成は父の最後の咳を保存しようとしたが、画面には《偽物の遺言を拡散しますか》と表示された。