片方ずつのピアス
久住莉瀬は、出かける十五分前に、片方のピアスがないことに気づいた。
小さな真珠の粒。黒いワンピースに合わせるため、前夜から鏡の前へ置いていた。右耳の分はある。左耳の分だけ、ケースにも床にも見当たらない。
莉瀬は化粧ポーチをひっくり返し、洗面台の排水口まで覗いた。今夜は好きなバンドの小さなライブがある。一人で行くのは初めてで、服も髪も、初めてに見えないよう整えたつもりだった。
片耳だけ何もない姿は、途中で準備を諦めた人のように見える。
時計は十八時十二分。家を出る予定は十八時十五分。莉瀬はワンピースを脱いで、もっと目立たない服に替えようとした。黒なら真珠が必要だ。真珠がないなら、全体をやり直さなければならない。
引き出しの奥に、別のピアスが一つあった。細い銀色の輪。もう片方は、去年なくしている。
真珠と銀の輪を並べる。揃っていない。大きさも、光り方も違う。莉瀬は両方をケースへ戻しかけた。
そのとき、スマートフォンに乗換案内の通知が出た。この電車を逃すと、開演後に着く。準備が完成するまで探せば、ライブそのものを見失う。
莉瀬は右耳に真珠、左耳に銀の輪をつけた。
鏡の前で首を傾ける。違いはすぐ分かる。これを「わざと」に見せる服装や髪型を考え始め、手を止めた。理由を作らなくても、片方ずつつけて出ればいい。
部屋の照明を消し、鏡を見直さずに玄関を出た。
電車の窓には、左右で違う光が小さく映った。莉瀬は髪を下ろして隠そうとしたが、車内が暑く、結んだままにした。
会場では、誰も耳元を指ささなかった。入口でもぎられたチケットの端は、少し斜めに裂けている。莉瀬はそれを財布へしまい、前から三列目の空いた場所に立った。
照明が落ちる直前、銀の輪が首筋に触れた。真珠とは違う重さだった。駅の階段を上ったときから、二つは別々の揺れ方をしていた。
左右が違うことは、間違いではなく、今夜の選び方になった。莉瀬は二つを揃えようとせず、最初の音を待った。