片方だけの膝当て

社会人サークルの体験練習へ行く朝、羽鳥小雪は押入れから片方だけの膝当てを見つけた。参加申込の画面を開いてから、一週間、送信できなかった。学生時代の写真にいる自分と比べられる相手などいないのに、鏡の前で何度もジャージを脱いだ。白地は灰色にくすみ、縫い目に体育館のワックスが染みている。伸びたゴムには、小雪の膝の丸みがまだ残っていた。

高校のバレー部で最後に体育館へ入った日、床は前夜のワックスで滑り、畳んだネットから埃が立った。小雪たち三年生は練習をせず、ボールとユニフォームを後輩へ渡した。片づけの途中、一年生が膝当てを忘れたことに気づいた。午後には新チーム最初の練習試合があった。

小雪は自分の右膝用を外し、その子へ投げた。

「片方でいいんですか」

「転ぶ方につけて」

強がって笑ったが、本当は二つとも持ち帰りたかった。膝当ての丸い染みも、何度も床へ飛び込んだ証拠だった。引退した瞬間に、必要のない物になるのが寂しかった。

練習試合が始まり、小雪たちは二階の通路から見た。後輩は最初のサーブを弾いた。次のボールでは足が止まり、床へ転んだ。借りた膝当てがきゅっと鳴った。

三本目、後輩は身体ごと前へ出た。ボールは高く上がり、セッターの頭上へ落ちた。小雪は反射的に「ナイス」と叫んだ。声は試合中の誰にも届かなかったが、喉の奥が少し軽くなった。

帰り際、後輩は膝当てを返そうとした。小雪は受け取らなかった。

「次に返して」

誰へ、とは言わなかった。

七年後、小雪は仕事だけで一週間が終わる生活をしていた。昔の仲間に誘われても、体力がない、下手になった、と断り続けた。けれど片方の膝当てを掌にはめると、あの日の床の硬さより、ボールが上がった瞬間を思い出した。

スポーツ用品店で、新しい膝当てを一つだけ買った。

体育館の入口で、古い方を左膝、新しい方を右膝につける。色も厚さも揃っていない。鏡に映る姿は、昔の選手には戻っていなかった。

それでよかった。

笛が鳴り、小雪は新しいコートへ走った。