猫が選んだ幽霊つき

柴崎穂波の猫は、内見した部屋をすべて不合格にした。

日当たりのいい新築では洗面台へ威嚇し、広い一階では何もない天井を見て震えた。今の部屋は月末で退去しなければならないのに、七件目でもキャリーから出ようとしない。

怪異物件専門の猫屋敷透は、黒いネクタイへ小さな金の鈴をつけていた。歩くたび鳴るのに、本人は無表情だ。

「入居審査は、猫が先です」

「飼い主の審査は?」

「家賃を払えるかだけ見ます」

八件目は、古い木造アパートの二階だった。告知事項には『前入居者の気配が残存』とある。穂波がためらう横で、猫は初めて自分からキャリーを出た。

窓際へ歩き、誰もいない座布団へ頭をこすりつける。すると空いたはずの座布団がゆっくり沈み、猫の背を撫でる形にへこんだ。

「いますよね」

「います」

「危なくないんですか」

透は鈴を一度鳴らした。部屋の奥から、見えない鈴が同じ音で返す。

「前の住人です。猫を飼いたかったが、最期まで飼えなかった。窓を開ける癖と、日向を譲らない癖があります」

穂波の猫は、半年前から夜になると玄関で鳴いた。穂波が一人で抱き上げても、誰かを待つように扉を見続ける。新しい部屋で落ち着けるのか、それだけが心配だった。

「この子が平気なら、私は構いません。でも、幽霊と暮らす契約なんて」

「同居人欄には書きません。貸主側の残置物です」

透は淡々としている。けれど窓の隙間へ安全柵を取りつけ、座布団の隣に猫用の低い棚まで組み立てた。管理費の明細には『日向共同使用料・無料』とある。

穂波が猫を呼ぶと、振り返りはしたが動かなかった。見えない手に顎を撫でられ、久しぶりに喉を鳴らしている。

「決めていいのかな」

穂波がつぶやくと、透は猫ではなく、へこんだ座布団へ訊いた。

「長く住ませます。よろしいですか」

金の鈴が、透のネクタイに触れていないのに鳴った。

入居初日、猫は玄関で待たず、窓際で丸くなった。穂波が鍵を受け取りに行くと、透の鈴がまた一度鳴る。

「入居審査は、猫が先です」

「うちの子は合格したみたいですね」

「逆です」

透は背後の空席へ目をやった。そこでも小さな鈴が鳴った。

「あなたたちが、猫と先住者の審査に通りました」