王冠より軽い剪定鋏
王位継承争いに敗れたハティアへ、摂政は笑って言った。
「国を治められぬ者には、枯れ木でも世話させておけ」
与えられた辺境屋敷の裏には、枝を絡ませた古い林檎の木が一本あった。葉は少なく、実は頂近くに小さな一個だけ。幹のそばに銀の剪定鋏が落ちている。《息継ぎ》――切るべき枝だけ青く見せる魔法農具だった。
宮廷では、枝一本を切るにも十二人の評議が必要だった。誰も責任を取りたくないからだ。
ハティアは木の前に立ち、鋏を握った。
青く光ったのは、王冠のように幾重にも絡む太枝ではない。幹へ食い込み、若い枝から光を奪う一本だけだった。
宮廷なら、古木を丸ごと伐れという声と、何も変えるなという声が一日中争っただろう。どちらも木を見てはいない。
ハティアは幹へ手を当てた。ざらついた皮の奥で、水が上がる微かな震えがある。枯れてはいない。必要なのは断罪でも放置でもなく、呼吸を塞ぐ一本を選ぶことだった。
初日の仕事は、それを切ることに決める。
刃を当てる。見た目より硬い。両手に力を込めると、鋏が彼女の呼吸に合わせて一度だけ温かくなった。
ぱちん。
乾いた音が庭へ響いた。重い枝が落ちると、覆われていた葉へ夕日が差した。古木は風を吸い込み、長く止めていた息を吐くようにざわめく。
頂の林檎が一個、ころりと落ちた。
ハティアは受け止めた。形は歪み、片側に傷もある。それでも赤く、甘い匂いがした。国庫の宝石より、手のひらに確かな重さがある。
彼女は林檎を薄切りにし、鉄鍋でバターと焼いた。じゅわっと蜜がにじみ、焦げた砂糖の香りが屋敷を満たす。
そこへ摂政の使いが駆け込んだ。
「評議会が割れました。殿下に王都へお戻りいただき、王冠を――」
金の封書が差し出される。
ハティアは受け取り、封を切らずに剪定鋏の隣へ置いた。鍋では林檎の縁がちょうど琥珀色になっている。
「今、決めるべき枝は切ったわ」
皿へ移し、熱い一切れを口にする。
王冠より軽い鋏で、自分の光を奪うものだけを切った。その夕食は、どんな即位の宴より甘かった。