王者の首輪を観客席へ
帝都闘技場の王者は、勝つたび首輪を締められた。
戦闘人形B―0、通称「鉄王」。百戦無敗の巨漢だが、首の赤銅環には《観客を満足させよ》という所有契約が刻まれている。試合を早く終えれば罰、命乞いを聞けば罰。血を流させるほど、興行主へ金が入る。
治療係ゼフィは、毎試合後に鉄王の裂けた人工皮膚を縫っていた。
「次は少年剣士だ。三刻かけて壊せ」
興行主が命じる。
鉄王の拳が震えた。相手は借金のため出場させられた十五歳だった。
ゼフィは薬箱から金貨袋を出した。
「その首輪、買う」
「治療係風情が?」
十年分の賃金だった。興行主は笑って譲渡札を投げる。
「好きに命令しろ。ただし客を退屈させたら、お前も檻だ」
満員の闘技場で、ゼフィは鉄王の首輪へ譲渡札を当てた。新所有者の焼印が浮かぶ前に、札を真横に引き裂く。
同時に、首輪の蝶番へ縫合鋏を差し込んだ。
興行主が立ち上がる。
「所有印を書け! さもなければ心炉が焼けるぞ!」
「毎晩治療した。焼けるのは心炉じゃない。契約へ電力を送る罰線だけだ」
ゼフィは鋏を閉じた。
赤銅線が切れ、首輪が砂へ落ちる。
鉄王は胸を押さえた。場内が静まり返る。審判が震える声で開始を告げた。
少年剣士が斬りかかる。
鉄王は一歩で懐へ入り、その剣を指二本で止めた。客が歓声を上げる。だが彼は少年を殴らず、剣だけを折った。
「降参を勧める」
少年が頷くと、鉄王は自分から場外へ出た。勝敗規定では失格だ。
怒号と罵声の中、彼は自由人用の門をくぐり、街へ消えた。
興行主はゼフィを捕らえようとした。だが観客席から「試合は終わった」と声が上がり、やがて満場の唱和になった。審判まで終了の赤旗を掲げ、興行主の命令だけが砂の上に取り残された。
夕方、空になった治療室でゼフィが荷物をまとめていると、扉が開いた。
鉄王が王者の大剣を担いで戻ってくる。
「なぜ戻った。もう戦わなくていいんだぞ」
「戦わないことも選べる。戦う相手も選べる」
彼は大剣を床へ置き、柄をゼフィへ向けた。
「これは命令を請う姿ではない。治してくれた手へ、俺の力を預ける姿だ」
そして首輪のない首を上げ、ゼフィと同じ高さで立った。