王都帰りの塩樽
冬支度の最中、平原領から塩が消えた。
商人組合が「峠の危険手当」と称して値を三倍にし、村々の肉は保存できず腐り始めていた。王都の会計院を辞めたばかりの領主エルサは、武力で倉を開ける代わりに、公開入札を始めた。
広場に三つの封筒を置く。東の岩塩商会、南の海塩商会、地元組合。必要量、納期、護衛費の上限は同じ。開封は村人の前。最安値だけでなく、途中で値上げしない契約を選ぶ。
「領主が塩を売れば、結局もうけるだろう」
肉屋の疑いに、エルサは計算板を向けた。仕入れ値と運賃に、樽一つにつき銅貨二枚だけを加える。その二枚は倉の修繕費。売れ残りは領主館が同じ値で買い取る。配給上限は家族一人につき一袋、肉屋や漬物屋は使用量を申告し、翌月に実績を公開する。
開封の日、地元組合の封筒だけ、護衛費が不自然に高かった。組合長は「雪道だから当然」と言ったが、エルサは前年の通行記録も板へ貼った。危険日数は半分で、見積もりの根拠が合わない。
村人の前で数字を直す機会は与えた。しかし組合長は黙った。
「では、今回は選べません」
怒号も逮捕もない。ただ不透明な上乗せが、公開された数字によって通らなくなった。若い商人たちは、次回は正しい原価で出すとその場で誓った。
入札に勝ったのは南の海塩商会だった。だが雪で荷車が一台壊れたとの知らせが届く。
エルサが代わりの車を募ると、肉屋が車輪を出した。農家は馬を貸し、地元組合の若い商人まで道案内を申し出た。
「負けたのに手伝うの?」
「来年は俺たちが勝てばいい。契約が公平なら、村が飢える必要はない」
三日後、白い塩樽が広場へ並んだ。役人が封を確かめ、子どもが仕入れ値を読み上げる。誰も裏口へ運ばず、領主館の料理長も列に並んだ。
肉屋が最初の一袋を受け取り、塩粒を舐めて笑う。
倉の扉には、入札額と販売額を書いた板が掛けられた。雪明かりの中、二つの数字は誰の目にも同じだけはっきり見えていた。その板の下で、来冬の入札箱が早くも新しく組み立てられていた。