王都最初の食券
「紙を偽造できなくするだけ? 剣にも鍋にもならぬ。無能だ」
王宮書記の試験で、フィアナは不採用を言い渡された。
【固有技能:《唯一印》――自分が印を押した紙は、複製も文字の改変もできない】
印を押せるだけで金は生まれない。財務卿ゲルザは「暇な貴族の招待状でも守っていろ」と言った。
その三日後、洪水で五千人の避難民が王都へ入った。空き倉庫はある。料理人もいる。だが国庫の現金は復旧工事へ回り、穀物商は前払いなしでは麦を渡さない。炊き出しは二日で止まる見込みだった。鍋の前には子供を先に食べさせる親が並び、倉庫では料理人が最後の豆袋を数えている。財務卿は増税も借金も間に合わず、善意だけでは明朝の麦を買えないと唇を噛んだ。必要なのは寄付の呼びかけではなく、未来の客から今日の仕入れ代を受け取る仕組みだった。約束そのものを、先に売るのだった。
フィアナは市民へ紙片を売った。
銅貨五枚で、来月から使える温かい定食一食。今すぐ食べられない食券を誰が買うのかと、役人は呆れた。けれど職人組合が百枚、騎士団が千枚、余裕ある商家が家族分を買った。避難民を助けたいが、寄付では使い道が見えない者たちも食券なら手を伸ばした。
《唯一印》のおかげで偽造はできない。集まった現金を穀物商へ先払いし、厨房は翌朝も動いた。避難民は無料券を受け取り、購入者は復旧後に同じ食堂で食べる。未来の売上を、今日の鍋へ変えたのだ。
やがて偽造券を持ち込んだ男が現れた。紙は似ていても、印の輪郭が複製できず滲んでいる。捕らえられた男の懐から、穀物を横流ししていた役人の名簿が出た。
一月後、避難民は帰郷し、市民は食券を使い始めた。共同食堂には新しい客が残り、国庫へ税まで入った。
ゲルザは最初の食券を指で弾いた。
「紙切れで腹は膨れぬと言ったな」
財務卿は自分の金庫鍵をフィアナへ差し出した。
「訂正する。おまえはまだ存在しない千の食事を売り、今日の五千人を食わせた」