珠を嫁にもらいたい

江戸の長屋に住む畳職人・辰ノ瀬新吉は、隣の魚屋へ頭を下げた。

「お宅の珠を、うちへ嫁にもらいてえ」

魚屋の主人は包丁を置いた。

「珠は気が強いぞ」

「承知してます」

「魚を見ると飛びつく」

「元気な証拠で」

「夜中に屋根へ上る」

「高い所が好きなんでしょう」

「子どもはたくさん産むかもしれん」

新吉は少し赤くなる。

「そいつは、まあ、授かりものです」

主人は奥へ声をかけた。

「おい、珠の縁談だ!」

奥から娘のお珠が顔を出す。

「誰との?」

新吉は驚いた。

「お前さんも珠っていうのか」

娘も驚く。

「“も”?」

主人は二人を見比べた。

「新吉、お前が欲しいのはどっちだ」

「どっちと言われても」

「さっき、夜中に屋根へ上るのを承知したな」

「はい」

娘が新吉をにらむ。

「私が屋根へ上ると思ってたの?」

「いや、そこは少し変わった娘御だなと」

「魚へ飛びつくのも?」

「魚屋の娘だから」

「子どもをたくさん?」

「その話は忘れてくれ!」

会話を聞いた長屋の住人まで集まった。

八百屋が言う。

「新吉は前からお珠に気があった」

豆腐屋が首を振る。

「いや、毎晩“たま、たま”と呼んでいた」

娘が頬を赤らめる。

「そんなに?」

新吉は困る。

「呼んでいたが、裏庭へ向かって」

主人が包丁を握り直す。

「娘を裏庭へ呼び出してたのか」

「違います!」

新吉は自宅から籠を持ってきた。中には雄猫が一匹。首札に〈金平〉とある。

「こいつの嫁に、そちらの三毛猫の珠をもらいたかったんです」

魚屋の軒下から三毛猫が現れ、金平へ向かって威嚇した。

主人は笑った。

「珠は気が強いと言ったろう」

娘のお珠は腕を組む。

「で、私の縁談は?」

新吉は猫の籠を抱えたまま固まった。

長屋中が見守る中、彼はもう一度頭を下げた。

「そちらは、改めて人間としてお願いに参ります」

娘のお珠が尋ねる。

「私も気が強いけど、承知してる?」

新吉は三毛猫の爪痕が付いた手を見た。

「さっきので覚悟はできました」

主人が笑う。

「猫で予行演習をする婿は初めてだ」

猫の縁談は破談になり、人間の縁談だけが始まった。