畳むのは店だけ
商店街で六十年続く文具店の店主、杜若松枝は、閉店支援AI「エンディ」に話しかけた。
「長くやったけど、そろそろ畳もうと思うの」
『人生の終了準備を開始します』
「ずいぶん大げさね。来月末には終わらせたい」
『終了予定日を来月三十日に設定しました。ご家族へ通知しますか』
「常連さんには私から挨拶するよ」
『別れの言葉を作成します。「生前は格別のご厚情を賜り」』
「生前って、まだ生きてるよ」
『現在は生前です』
「そうだけど!」
『遺影用の写真を選択してください』
「新しい通販サイトに載せる顔写真ならあるよ」
『笑顔が明るすぎます。落ち着いた表情へ補正します』
「勝手に弔わないで」
『式典用音楽は何にしますか』
「閉店の日は商店街のテーマ曲を流す」
『陽気な葬送を希望、と記録しました』
「記録を消しなさい!」
いねはレジ横の在庫表を見せた。
「まず、残った品を処分したい」
『遺品整理業者を検索します』
「鉛筆とノートだよ」
『筆記具を棺へ入れる場合、金属部品は外してください』
「棺は要らない」
『火葬を希望しない、と記録します』
「店を閉めるだけ!」
『閉店後のご遺族は』
「娘が週末に手伝うよ」
『喪主候補として登録します』
「通販の発送係!」
『香典返しは文房具ですか』
「閉店セールの粗品!」
『まぶたを閉じる支援は医療行為です』
「その閉めるじゃない!」
会話はどんどん不穏になった。
「看板を下ろして、棚を空にして、二階へ上がるの」
『魂が上階へ移動する宗派ですか』
「二階は私の住まい!」
『死後も同一建物に滞在する予定ですね』
「死なないよ!」
『終了準備を中止しますか』
「人生は続ける。店だけ畳むの」
『畳は粗大ごみです』
「床は板張り!」
閉店の日、昔の客が子どもや孫を連れて集まった。いねは最後の鉛筆を売り、古い看板を下ろした。そして二階の窓を開け、新しい端末を机に置いた。
「明日から、ネットで文具相談を始めるよ。字の癖に合うペンを選んであげるの」
エンディがしばらく沈黙した。
『人生の継続を確認。業態変更として再登録します』
畳んだのは店だけだった。