白いノイズの地下街
午前二時十一分、隈取要の保守用携帯へ、公衆電話から着信が入った。
『白い音が、大きくなってる』
地下街の清掃員らしい。背後で換気扇が唸り、四十八秒後、通話は爆音に潰れた。要の監視画面が白く飛び、次に映ったのは二時十一分の時刻だった。
出口は、地下街のガス濃度を爆発域より下へ戻し、四十八秒を越えることだった。
最初にガス会社の遮断弁を閉じた。管内に残ったガスへ自動販売機の火花が着火した。
次は避難放送を流した。シャッターへ人が殺到し、誰かが非常発電機を倒した。
地下街だけを停電させても、消えたはずの照明が一度だけ点き、爆発した。
『白い音が、大きくなってる』
要は通話の波形を拡大した。白いノイズではない。第五世代通信の非常中継器が過熱し、電源を細かく放電している。地下街の電気を切っても、中継器は地域医療網の予備回線から給電される。
その回線では今、遠隔手術が行われていた。患者は要の父だった。地方病院の執刀ロボットを、都心の専門医が操作している。手術終了まであと十二分。地域網を落とせばロボットは停止し、再接続には十分かかる。
要は何度も別の道を探した。中継器の再起動、出力制限、冷却指示。どれも四十八秒以内には間に合わない。成功条件は一つしか残らなかった。医療網を含む全通信電源の強制遮断。
次の電話で、清掃員が小さく言った。
『子どもが二人、寝てる。起こしていいか』
要は父の手術映像を一度だけ見た。白いシーツ。規則正しい心電図。昨日、父は「仕事を優先しろ」と笑っていた。
「起こして、地上へ走ってください」
要は赤い遮断キーを回した。
都市の一画から電波が消えた。独立電源の換気扇だけが唸り続け、白いノイズは止まる。四十八秒を越え、ガス濃度はゆっくり下がった。
同時に、手術画面へ〈接続喪失〉が出た。
時間は戻らない。
五分後、病院から音声だけの固定電話が来た。要は受話器を取る。医師は短く結果を告げた。要は礼を言い、切った。
地下街では二百三十人の避難完了が表示されている。父の欄には、もう波形がなかった。
要は遮断キーを抜かず、白い監視画面の前に座り続けた。復旧を求める電話が一斉に鳴り始める。そのどれにも、父の着信音は混じらなかった。