白い枕の一年便

病院の十二号室では、枕の下へ入れた手紙が、同じ日付の一年前にそのベッドで眠った人へ届く。

相手が返事を枕の下へ置けば、翌朝、一年後へ戻る。

検査入院した女性は、ベッド脇の古い記録で、ちょうど一年前に母が同じ部屋を使っていたと知った。

母はその入院中、娘の家へ移る話を拒み、退院後に一人暮らしへ戻った。三か月後、自宅で倒れて亡くなった。

女性は手紙を書いた。

「なぜ一緒に暮らすのを断ったの。

私は、あなたを一人にしたことを今も後悔しています」

翌朝、枕の下に母の字がある。

「未来から手紙が来たと看護師へ言ったら、熱を測られました。

あなたの家へ行けば、孫の部屋がなくなるでしょう。

私は安全より、迷惑でない母親を選びました」

女性は泣き、すぐ返事を書く。

「迷惑でも来てほしかった。

私は頼られなかったことを、愛されなかったように感じた」

翌朝。

「愛していたから頼らなかった、とは書きません。

頼るのが怖かった。

あなたに断られたら、母親でいられない気がした」

母も、娘の答えを聞く前に決めていた。

女性は、一年前の母へ結末を知らせるべきか迷った。

「三か月後に死ぬ」と書けば、未来が変わるかもしれない。

救えるかもしれない。

けれど手紙を読み返すうち、母の命を変える責任を一人で背負おうとしている自分に気づいた。

医師へ規則を話しても信じられないだろう。

それでも、具体的な注意だけを書くことにした。

「退院後、玄関の段差で一度転びます。

手すりを付けて。

訪問支援を断らないで。

私へ一週間に一度電話して」

翌朝の返事。

「手すりは頼みました。

支援員とも会います。

電話は、あなたからもして。

未来を知っても、母親だけが努力するのはおかしい」

女性は笑った。

一年後の現在で、母は亡くなっている。

過去は変わらなかったらしい。

だが自宅の写真を確認すると、玄関に見覚えのない手すりがある。

電話履歴にも、母からの短い通話が何件か増えていた。

最後の会話だけは変わらず、天気の話で終わっている。

最終日の手紙。

「助けられなくて、ごめん」

返事は来なかった。

「ごめん」と書いたからではない。

一年前、母が退院した日になり、もうその枕で眠っていないのだ。

女性は便箋を破らず、自分の鞄へ入れた。

退院後、遠方で一人暮らしをする娘へ電話した。

「困ったら頼って」

と言いかけ、言い直す。

「今、私に頼めることはある?

私から頼みたいことも話していい?」

過去の母を救う往復は終わった。

頼る怖さを、一年後の家族へ持ち越さないための手紙だけが残った。